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江戸時代の洗濯を知る|徳川家康がプッシュした「洗濯のススメ」

江戸時代の洗濯を知る|徳川家康がプッシュした「洗濯のススメ」

江戸時代は、灰汁や木の実を使った洗濯が一般的でした。洗濯自体も、今とは比べ物にならないぐらいの大仕事。そんな史実を知ると、なぜ現代ではこんなに簡単に洗濯ができるようになったのだろうと、不思議に思えてきます。洗濯についてもっと知り、現代のテクノロジーのありがたさを再認識すべく、ライター・さくらいみかが専門家に話を聞き、江戸時代の洗濯を体験します。

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洗濯機に洗濯物を入れるライター・さくらいみか

洗濯洗剤を洗濯機に入れ、ボタンさえ押してしまえば、寝てても洗濯は終わる。そして簡単に汚れが落ち、清潔な衣類が着られる。こんな暮らしに慣れすぎて、進化をとげる前の洗濯の大変さなんてまったく想像がつきません。

 

洗濯機どころか洗剤もなかった時代には、どうやって衣類の汚れを落としてたんだろう。しっかり汚れは落ちてたんだろうか。生まれたときからテクノロジーにどっぷり浸かった世代にとっては、分からないことだらけです。

 

そこで、(ざっくり)昔のことに詳しい方はいないかということで、江戸文化を研究している堀口茉純(ほりぐち・ますみ)さんに、江戸時代の洗濯事情について聞いてみました。

堀口茉純さん

堀口 茉純(ほりぐち ますみ)

東京都足立区生まれ。2008年に江戸文化歴史検定一級を当時最年少記録で取得。「江戸に詳しすぎるタレント = お江戸ル “ほーりー”」として注目を集め歴史好きのアイドル的存在に。執筆、イベント、講演など活動の幅を広げ『TOKUGAWA15/徳川将軍15人の歴史がDEEPにわかる本』を出版。

灰も無駄にしない、江戸時代の洗濯方法

ライター・さくらい

江戸時代には、石けんや洗剤ってあったんですか?

石けんはありましたが、江戸時代までは用途が知られてなくて、「お洗濯に使うもの」と理解されるようになったのは明治期。なので石けんを使って洗濯するようになったのは、明治以降です。

堀口さん
ライター・さくらいみかと堀口さん

意外と最近!

ライター・さくらい

…となると、明治以前の人たちは何を使って洗濯してたんですか?

古来、使われてたものだと「むくろじ」という木の実があります。都市部だと木の実は手に入りにくいので、「灰汁(あく)」や「米のとぎ汁」が使われていました。

堀口さん
ライター・さくらい

灰汁って、あの煮物料理をしたときに浮いてくるアレですか?

いえ、毎日かまどで食事を作るので、大量に灰が出るんですよ。灰をためてお水を入れると、下から灰汁がちょろちょろっと出てくる「灰汁桶」というものがあって、そこから取れた灰汁を使ってお洗濯をしてたんです。

堀口さん
ライター・さくらい

えっ、灰の汁…?

ライター・さくらい

そんなので油汚れとか、ちゃんと落ちるんですか…?

当時って油じみってほとんどないんですよ。ケチャップとか、ソースとか…

堀口さん
ライター・さくらい

確かに。油じみといえば、の「カレーライス」もないですもんね。

なので汚れというと肌につく部分の垢、皮脂汚れぐらいだったので、そんなに問題なかったんですよ。

堀口さん
堀口さん

ライター・さくらい

けど、果汁や醤油のシミは当時でもありそうですよね。

その時代によって違うんですけど、部分汚れ用のしみ抜き剤は別にあって、小豆が流行ったときもあったといいます。基本的なお洗濯は灰汁や米のとぎ汁を使ってました。

堀口さん
ライター・さくらい

そういうものを使って、洗濯板でこすり洗いする感じですかね?

洗濯板を使うようになったのも、明治の終わりごろからなんですよ。

堀口さん
ライター・さくらい

えっ、これ、使わないんですか!?

ライター・さくらいと堀口さん

持ってきたんですけど、使わない?

ライター・さくらい

洗濯板じゃないとしたら、どんな方法で洗濯してたんですか?

江戸時代に入るまでは足で「踏み洗い」で、江戸時代以降は桶が普及したので手で行う「もみ洗い」が主流になりました。

堀口さん
ライター・さくらい

当時の洗濯って、屋外でするんですよね。

都市部には井戸がかなりあったので、井戸端ですね。農村部だと身近な川でもおこなわれたようです。ここで浮世絵をひとつ見てみましょう。

堀口さん
浮世絵

出典:『風俗吾妻錦絵』一勇斎国芳「武蔵国調布の玉川」

ライター・さくらい

洗濯してますね。

浮世絵で、女性が洗濯してる様子を描いてる作品ってとても多いんですね。それ程すごく日常的な風景だったともいえます。

堀口さん
ライター・さくらい

奥のほうにいる人達は、餅つきをしてるんですか?

それについては、こちらを見ると分かります。

堀口さん
浮世絵

出典:『風俗吾妻錦絵』一勇斎国芳「武蔵国調布の玉川」

ライター・さくらい

これは…臼の中に布…?

臼に入れて杵で叩いて、洗濯してるんですよ。

堀口さん
ライター・さくらい

そんな餅つきみたいなことするんですか!? ええーっ!

叩くとかなり光沢が出たり、なめらかになったりするみたいなんです。

堀口さん

シーズンごとに、着物を解いて布に戻していた

ライター・さくらい

このころの洗濯って冬はかなりきついでしょうね。

洗濯に使う水をお湯にしていたという史実もあったようです。

堀口さん
ライター・さくらい

当時の人たちはさまざまな工夫をしていたんですね。

とはいっても、江戸時代以前には「清潔なものを身につけなきゃ」って意識自体、そんなになかったんですよ。

堀口さん
ライター・さくらい

そうなんですか!? いつ価値観が変わったんですか?

江戸時代初頭、徳川家康が「身につけるものを常に清潔にしていなさい」「道徳として身なりを整えましょう」と啓蒙したのがきっかけなんです。そこから洗濯頻度が上がったといわれていますね。

堀口さん
ライター・さくらいと堀口さん

ライター・さくらい

へぇー、道徳として!どれぐらいの頻度で洗濯するようになったんですか?

着物の下の肌につけてる襦袢の部分や、ふんどしのような細々としたものはわりと毎日気を使って洗っていたようです。

堀口さん
ライター・さくらい

毎日なんですね。

肌に直接触れるものは毎日ですが、着物はそんなに洗わないんですよね。「洗い張り」といって、衣替えの時期に一回全部着物を解いて、一枚の布の状態に戻して洗うというものすごく大掛かりな洗濯をするんです。

堀口さん
ライター・さくらい

全部解くんですか…!? 季節ごとに?

浮世絵

出典:東京都立図書館/松村辰右衛門「洗い張り」

庶民の場合は、よそ行きと日常着1枚ずつぐらいしか持ってなくて、シーズンごとに着物に裏を付けたり綿を詰めたりして対応してたんですよ。だから女性の仕事として、洗濯と針仕事っていうのは必須だったんです。

ライター・さくらい

苦手な人にはキツイですよね。

ライター・さくらい

もし自分がその時代に生まれてたら、できるとはまったく思えない…

ライター・さくらい

しかも毎日手洗いだと、きっと時間もすごくかかるじゃないですか。

家族構成にもよると思いますけど、1~2時間は井戸端に集まっておしゃべりをしながら、そんなに時間を考えずにやってたと思うんですよね。

堀口さん
ライター・さくらい

今と時間の感覚は違いそうですもんね。ところで、井戸端に集まってくるのって、基本女性ばっかりですよね。独身男性は自分で洗濯してたんですか?

必要に迫られてしてた人もいたでしょうけど、洗濯屋さんに預けちゃう人も多かったみたいです。

堀口さん
ライター・さくらい

洗濯屋さん…というと、今でいうクリーニング店ですか?

そうですね。割と値段も高かったので、そんなに頻繁に利用できるものではなかったと思いますけど…

堀口さん
ライター・さくらい

そういうシステムって、そんなに昔からあるものだったんですね。

「むくろじ」の実を使った洗濯って?

ライター・さくらい

灰汁の使い方はなんとなく分かりましたが、むくろじを使う場合は、どんな風に洗濯するんですか?

きんちゃくに10個分ぐらいのむくろじの実の皮を入れて、水につけてじゃぶじゃぶもむと泡立ってくるんですよ。しかも1回で使い捨てるのではなく、5~6回繰り返し使えます。

堀口さん
ライター・さくらい

エコですね。

使い終わったら肥料として使えるので、無駄はないですね。

堀口さん
堀口さん

ライター・さくらい

これはいつごろの洗濯方法なんですか?

むくろじは大昔からずっと使われていて、「昭和になるぐらいまでずっと使っていたよ」という人から直接話を聞いたことがあります。

堀口さん
ライター・さくらい

意外と最近!

神社にむくろじの木が植わってるのでその木の実を拾えば、わざわざ買わずとも洗剤として使えますよね。

堀口さん

そう話していたところで、Lidea編集部から「むくろじならライオンの敷地内にも生えていて、実もなってますよ」という声が。

ライター・さくらい

ええーっ!!それは…ぜひ試してみたい…!

そんな訳で、実際にむくろじを使った洗濯を試してみることになりました。ここから先生役はライオンのお洗濯マイスター・片木さんにバトンタッチ。堀口さん、ありがとうございました!

 

そしてマイスターに連れられ、むくろじの実を拾いに行きます。

木の実を拾う片木マイスターとライター・さくらい

お洗濯マイスター登場。子どものころ以来の木の実拾いに興奮

むくろじの実

たくさん採れた。皮は厚く、爪で弾くとコツコツ音がする

むくろじを使った洗濯体験

実も拾ってきたので、ここからは洗濯体験です。一人分の洗濯物も用意しました。

桶と洗濯物を準備するライター・さくらい

桶とむくろじと洗濯物。準備OK

キンチャクにむくろじの皮を入れる

むくろじの皮をきんちゃくに入れて

桶で洗濯物をこする様子

桶の中の水に浸してじゃぶじゃぶと…

桶で洗濯物をこする様子

あ、ちょっと泡立ってきた!

泡立ってきたとはいえ、現代の洗剤の泡立ちを想像するとちょっと物足りないような。けど、こんなものなんですね。では洗ってみます。

おけで洗濯するライター・さくらい

まずひとつ水に浸して、じゃぶじゃぶ…

もみ洗いをするライター・さくらい

ドサッと入れると重い…!!

一枚ずつ洗うのは面倒なので、まとめてじゃぶじゃぶ洗おうとしてみましたが、これがすごく重い…!

疲労困憊するライター・さくらい

もう嫌だ。ひとつずつ絞る必要があるなんて、あり得ない

触らずとも汚れを浮き上がらせる、界面活性剤

ちょっと手洗いしてみただけで、「テクノロジーが発達した時代に生まれてよかった…」と実感してきました。同時に「そもそも現代の洗濯洗剤を使えば簡単に汚れが落ちるってどういうことなんだろう」と疑問に思えてきました。

 

そこで、その疑問をスッキリさせるために、お洗濯マイスターにある実験を見せてもらうことになりました。

片木マイスターとライター・さくらい

マイスター、再び登場

ライター・さくらい

洗濯洗剤って、どうしてそんなに汚れを落とせるんですか?

汚れを落とす中心成分「界面活性剤」が洗剤に入っているからきれいに落とせているんです。この実験を見てもらえば分かりやすいですよ。汚れ(赤く着色した油)をしみこませた繊維を2つ用意して、「ただの水」と「界面活性剤が入った水」に入れてみます。

片木マイスター
界面活性剤の入った水

ただの水(左)と界面活性剤が入った水(右)

ライター・さくらい

比較すると、全然違いますね。

ライター・さくらい

浮き出てきた…!!

界面活性剤は、水と一緒に汚れと繊維の間に入り込み、汚れを繊維から引き離し、水中に取り出します。

片木マイスター
ライター・さくらい

この成分がどの洗剤にも含まれていたんですね。手も触れてないのに汚れが浮かび上がってくるだなんて、江戸時代の人が見たらどう思うことか…!

汚れが浮き出るビーカーの様子

差は歴然。水のほうはまったく変化がないが、界面活性剤が入った水のほうは赤い油のつぶつぶが浮かんできてる

時間の余裕も生み出す現代テクノロジー

堀口さんへのインタビューで江戸時代の洗濯文化に触れたことで、今や当たり前となっているものの有難さ、現代テクノロジーの便利さを改めて感じるいい機会になりました。

 

考えてみると、洗濯機が三種の神器と言われて普及したのも今からたった60年前のこと。現在の80代以上の人は洗濯機を使わず洗うしかなかった時代を経験している訳で、その大変さを今のうちに聞いておかなければ…と思えます。

 

「洗濯機を使わない洗濯、面倒くさい!!」と思った一方で、洗濯に長い時間をかけつつ井戸端会議で盛り上がる当時の主婦たちには、現代にはない時間の余裕を感じざるを得ません。

 

現代の私たちは、そのころよりも圧倒的に時間に追われていて、家事はとにかく時間短縮。その分、趣味や仕事、さまざま楽しみに時間を費やせるようになりました。あんなにあっという間に汚れを浮かせる界面活性剤は、その一部を担ってくれている訳です。

 

これまで洗濯は、ただなんとなくこなす家事のひとつでした。実験を見て驚いた「つぶつぶが浮き出てくる!」という現象が自宅でも起こっていると思うと、ただの洗濯がちょっとした実験だと感じてきませんか。お陰で汚れの落ち方に意識が向くようになり、今後は洗剤選びも楽しくなりそうです。

この記事を書いた人

さくらいみか

さくらいみか

島根県出身。ライター、WEBエンジニア、編み物作家。掃除、洗濯、家事全般が苦手なのをどうにかしたい。若干コレクター気質なので物も増え気味。

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