生理に「ふつう」ってある?600万周期のビッグデータから紐解く私のからだ
女性のからだに毎月のようにやってくる「生理」。関連して、最近では「フェムテック」と呼ばれる、女性の健康をテクノロジーで解決しようとする動きも活発です。昔に比べると手に入れられる情報や製品、サービスが増えた今だからこそ、改めて生理のことを正しく、ちゃんと知っておきたい。そう感じ始めたライターのひらりささんが、国立成育医療研究センター・不妊診療科の産婦人科医である辰巳嵩征先生に、ビッグデータから見えてくる、生理や女性のからだの変化について伺いました。
生理について、もっとちゃんと知りたい!
3月に入り、仕事の追い込みや新生活の準備で忙しい方も多そうです。私、ひらりさは会社員のかたわら文筆活動を続けているのですが、1月に新しい会社に転職。生活のペースを調整中です。
実は私にとって、春は鬼門。暖かい気候に釣られて頑張ってしまうせいか、ほかの季節よりも心身を崩しやすいのです。この数年はコロナ禍や加齢による変化も大きく、メンタルクリニックから鍼灸や漢方まで、いろいろなものにお世話になりました。
健康と向き合うなかで良かったこともあります。大きかったのは、鍼灸に通い、冷えに気を使うようになったら、それまでガタガタだった生理の周期が整ってきたこと。生理周期が安定するとこんなに心穏やかになるんだと気付いたことで、思い切って低用量ピルも飲み始めました。当初はむくみや頭痛がありましたが、薬がなじんでからは調子がいい。かつては生理周期アプリで記録をつけていても正確な生理開始日がわからず、経血で下着を汚してしまうこともあったのですが、それがなくなったのもホっとしました。
これらは体調の変化全般に気を使い出した結果の出来事。本当は、生理そのものについての知識をもっと知っておきたいなあと思うのですが、信頼できる情報かどうかを個人で判断するのってとても難しい。定期健康診断の際に婦人科検診を受けるようにしてはいるものの、あまりあれこれ質問できる空気ではないし…。
そんななか、Lidea編集部から「生理のビッグデータを扱っているドクターに取材してみませんか?」との話が。スマホアプリのビッグデータをとって予防医療に活かしている研究者の方に、生理の基本知識や最新情報を伺うことができるというのです。気になりすぎる!というわけで、国立成育医療研究センター不妊診療科の辰巳嵩征先生にお話を伺いました。
辰巳 嵩征(たつみ たかゆき)
医学博士。国立成育医療研究センター・不妊診療科の産婦人科医。専門は生殖医学、不妊治療。2009年北里大学医学部、2019年東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科を卒業。東京医科歯科大学、成育医療研究センター、放射線医学総合研究所、亀田総合病院などを経て2021年より現職。産婦人科専門医・指導医、生殖医療専門医、臨床遺伝専門医。
約60年変わらなかった、日本の生理周期の「標準値」
今日はよろしくお願いします!
よろしくお願いします!
辰巳先生は国立成育医療研究センター所属。…ということは、普段は研究をしているのでしょうか?
不妊診療科にいらっしゃる患者さまの診察と、様々な研究や統計などを行っています。成育医療研究センターは特別な検査や治療が行える機関ですので、通常の医療機関では対応できないような遺伝性の病気や合併症のある方、難治性不妊の方がいらっしゃることが多いです。
それと並行して、今回のような生理のビッグデータ研究をしていると。
はい。2020年に発表した研究では、女性の健康管理アプリを通じて記録された、約600万にもおよぶ月経周期のデータ(女性31万人分)を解析して報告しました。
600万!ビッグデータだ…。
日本でよく用いられている一般的な月経周期の基準は、1950〜60年代のデータがもとになっています。今回解析したデータは2016〜17年のものなので、約60年の開きがあります。当時と現在では食生活や生活習慣が大きく違うので、現代の日本人女性のライフスタイルにあわせた基盤データが取れたのは、かなり大きなことと考えています。
60年…。その間、日本で女性の生理を研究する人っていなかったんですか?
生理の研究の歴史についてお話ししますね。古くは1884年にはすでに月経周期に関する研究の報告があり、「月経周期によって生理学的・精神的な変動が起きる」と報告されています。また、1924年には荻野久作先生が「次回の月経から12〜16日前に排卵する」ことを発表されています。
荻野さん、名前を聞いたことがあります!「オギノ式避妊法」の人ですよね。そうか、月経周期の研究はまず避妊が高確率で可能になるように発展したんですね。でも、この時点ではまだ月経周期そのものについて明らかになっていないのでしょうか?
そうですね。日本では1960年代に報告された大規模なデータによって月経周期の基準値(標準値)が定められ、その後微修正されながら、現在では月経周期25〜38日を基準としています(※1)。
月経周期日数以外の例えば痛みや経血量などは、主観的な部分が大きくなかなか標準を定めにくいので、数字としてきちんと定義することができる点で、月経周期というのはとても重要です。
※1 日本産婦人科学会の定義による。
確かに、痛みの度合いや経血の「多い」「少ない」のジャッジは、個人によって違いますもんね…。
そうですよね。日本では25〜38日が正常な月経周期と定められていますが、国際産婦人科連合(FIGO)が世界的に定めている定義は24〜38日なので、少し違いがあります。
ちゃんと日本のデータに基づいた定義が別であるんですね。
かなり前のデータや定義が今も使われているのは事実ですが、この間、研究が行われていなかったわけではありません。1960年代の調査が大規模なものだったので、これを塗り替えるだけの基盤データを取れる機会がなかったのですね。
それがようやく実現したのが今回の辰巳先生たちの調査だったんですね!よく理解できました。
昔と今では何が違う?数字で見る「最新の生理」
たまに「現代女性は生理の回数が昔の○倍!」みたいな話をネットで見かけることがあります。生涯に経験する生理の回数って、昔と今でそんなに違うんですか?
そうですね、どの時代と比較するかで全然違ってきてしまうので、言い切るのはなかなか難しいですが、「○倍」くらい極端なものは江戸時代など、かなり昔と比較していることも考えられます。意味があるのはやはり、女性の社会進出が進んでからの変化だと思います。
よって、ここでは1950年代と比べてお話ししますね。昔のほうが月経回数が少ないのは確かです。まず、生涯で産む子どもの数が違います。
ああ、そうか。妊娠している間は生理が止まりますもんね。
そうですね。人によって差はありますが、妊娠してから授乳期間まで含めると、12〜15か月くらい月経は止まります。1950年代当時は第一次ベビーブームが起きていて、年間230万人ほどの子どもが生まれていました。出生率(※2)でいうと、3.7くらいですね。
※2 合計特殊出生率のこと。15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもので、ひとりの女性がその年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子どもの数に相当する。
今の出生率は1.3でしたよね。単純計算で28〜36か月ぶんも違ってくるのか…。
それから現代は食生活の欧米化もあってか、月経が始まる年齢が昔よりも早まっています。1950年代は平均14歳でしたが、今は12歳。この分も合わせてみると、現代女性が人生で経験する月経回数はおそらく440回くらいと考えられます。1950年代の女性と比べると50〜60回は多く月経を経験することになりますね。
多い…面倒くさい…妊娠だって大変だけど…。
注意したいのは、月経が多いと子宮内膜症のリスクが増えることですね。それもあって、生理痛や不妊の相談は増加傾向にあるといわれています。
そういえば低用量ピルは、子宮内膜症の軽減にも効くと聞いたことがあります。私はそこまで生理痛が重くない認識だったのと、毎日の服薬が面倒でずっとスルーしていたんですが、昨年イギリス留学を機に向こうで処方してもらったら快適で。今までなんとなく抵抗があったのですが、使い続けたいと思っています。でもどんなデメリットがあるのか、まだわからない部分もあって。
先にメリットをお伝えすると、ピルの服用には避妊のほかに月経困難症や子宮内膜症を予防・軽減する効果があります。日本でのピル普及率は3〜4%。海外には普及率30%の国もあるので、まだまだ普及の余地はあると思います。
ちなみに私が使っているピルは、毎月経血が起こるタイプなのですが、休薬期間がなく長期間生理が起きないピルもあるんですよね。そこまでになると、ちょっと怖いなという気持ちがあります…。
ピルで月経が止まっていること自体は問題ありませんよ。ただ、ピルは肝臓の機能などに影響を及ぼすことがあります。きちんと産婦人科の先生に相談して使っていくことが重要と思います。
生涯一定ではない?ビッグデータからわかる「生理周期」の変化
いろいろ知識をおさらいしたところで、先生の研究の話に戻らせてください。現代の日本人女性の月経周期にどのような特徴がみられたのでしょうか?
先ほども触れましたが、現在の日本産科婦人科学会の定義によれば、月経周期は25〜38日が正常範囲内とされています。
今回の研究から、現代女性の平均月経周期は10代から20代にかけ徐々に長くなり、23歳で平均30.7日ともっとも長くなることがわかりました。さらにそのあと、30代から40代前半にかけ徐々に短縮し、45歳で平均27.3日ともっとも短くなり、以降は再び長くなることがわかりました。
3日以上も違う!これって理由もわかってるんですか?
月経が定期的にくるためには「視床下部―下垂体―卵巣のホルモン分泌」が重要です。しかし、思春期の頃には視床下部からのホルモンの分泌が不安定であり、月経周期は長くなる傾向があります。また、30代以降年齢とともに月経周期が短くなっていくのは、卵巣の中の卵子の個数が減っていくことに関連していると考えられています。
人間、刻一刻と変化しているんですね。
もう1つ、季節による月経周期の変化についても調べました。気温の変化で、体調は大きく変わりますよね。ですから、季節によって月経周期が長くなったり短くなったりする傾向があるのではないかという仮説を立てました。
何か発見が⁉
それが、季節によらず月経周期の長さは一定だ、ということがわかりました。
ちょっと拍子抜けな気持ちになりましたが、こんな膨大なデータを通じて「一定」だとわかるのってすごいですよね。
ありがとうございます(笑)。また基礎体温は卵胞期・黄体期(※3)ともに季節変動があることがわかり、夏に高く冬に低くなることが明らかになりました。
※3 卵胞期とは、月経がはじまってから排卵までの期間。黄体期とは、排卵が終わってから月経が開始するまでの期間。
すごい!こうした研究成果はより細かな妊娠コントロールや不妊治療に活かされるのでしょうか?
それもありますが、大きいのは予防医療にも活かせることですね。例えば月経が標準値から外れている場合には、何らかの病気が原因となって外れている可能性も考えられます。そのような方は産婦人科を受診していただき検査を受けていただくことで病気を未然に防ぐことを期待することができます。
からだ全体の健康を保つためには、月経周期をモニタリングしていただくことがとても大事です。だからこそ、その基礎となる定義が重要になってきます。
そうなんですね…。生理や婦人科に関わる話って、特に妊娠を希望していない人にとっては他人事みたいに感じてしまう部分もあったんですが、認識が改まりました。そして実は私、人生で長い間月経周期が標準から外れていたんですよ。それでずっとモヤモヤしていたんですが、今日のお話で「そもそも『標準』って、絶対に当てはまらないといけないものじゃない」というのも理解できました。
そうですね。標準値から外れていたとしても、診察の結果が特に問題なければ、それはただ単に個性の範疇といえます。ただ月経周期が長い短いについては自分で判断することができますので、標準値を示すことで不必要な不安を取り除き、医療受診を適切なタイミングで行えるよう役立てられることが期待できます。
生理痛や経血量については客観的なデータが取れないわけですからね。生理について何か困ったことがあったらどうすればいいんでしょうか。
お伝えしたいのは、世間の平均を知る以上に、1人ひとりがご自身の現状を把握するのが一番大事ということです。データがそのきっかけになればと思いますが、まずは自分の月経周期を把握して、その上で必要性がありそうならば、産婦人科への受診を検討いただくことが良いと思います。
子宮内膜症などの様々な病気が重症化しやすくなるのは30代以降です。子宮内膜症は不妊にも大きく影響してきます。普段問題なく過ごされている30歳未満の方も、20代のうちに一度、診察を受けていただき自分の状態を把握しておくと良いと思います。
そういえばピルを最初に処方してもらった際の検診を最後に、婦人科検診に行けてないと気付きました。さっそく私も行ってみようと思います!今日はありがとうございました!
「私」の生理を把握することの大切さ
ビッグデータから見る最新の「生理の科学」を聞いた今回の取材。昔と今の生理回数の変化や年齢による月経周期の変化なども興味深かったですが、やはり一番心に響いたのは「生理のあり方は本当に1人ひとり違う」ということ。標準値を知っておくことや、その標準値がアップデートされていくことの大切さを知る一方で、自分のからだの状態を知ろうと努めることが大事なんだなと改めて気付かされました。
一方で、周囲の女性の話を聞いていると、検診に行けない=行くべきとはわかっているが気持ち的に抵抗がある、という人もいるようで…。自分の健康には気を使いたいけれど、検診が怖い、婦人科の内診台が恥ずかしい、婦人科疾患に対するまわりの偏見に傷ついた…などの声を聞くのです。婦人科検診をめぐるこうした抵抗感が、社会全体の重要ごととして改善されていく流れも進んでほしいと切に思います。
ちなみに現在、国のがん検診推進事業により、子宮頸がん検診は20代以上、乳がん検診は40代以上の女性を対象に、無料検診クーポンが配られています。まだ受診したことがない方はぜひ市区町村のWebサイトを通じての申し込みをおすすめします。
600万周期をもとにした基盤データができたことで、さらに研究が発展していくに違いない女性の生理。その動向にも期待しつつ、まずは自分の心身に目を向けることを怠らない新年度にしたいと思いました。
イラスト:カマタミワ
編集:ノオト
・当記事に掲載の情報は、執筆者の個人的見解で、すべてがライオン株式会社の見解を示すものではありません。
この記事を書いた人
ひらりさ
1989年東京生まれ。ライター・編集者。旅、コスメ、映画、ボーイズラブを愛する。『FRaU』にて「平成女子の「お金の話」、『マイナビウーマン』にて「#コスメ垢の履歴書」を連載中。
X(旧Twitter):https://twitter.com/sarirahira
note:https://note.mu/hirarisa_lv0/
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