健やかに「推し活」を楽しむための心構えを心理学者と考えてみたら
「推し」とは、周囲の人にも薦めたくなるほどに応援したい対象のこと。最近では、テレビや雑誌でも「推し活」についての特集が組まれるようになり、推しを心の支えにしている人の多さが感じられます。「推し」がいることで得られるポジティブな心理的効果のほか、推しに対して生まれてしまうネガティブな感情との向き合い方について、心理学者の渡邊芳之さんと一緒に考えてみました。
こんにちは。ライターのひらりさです。
突然ですが、あなたに「推し」はいるでしょうか?
この記事のタイトルに興味を持った方であれば、「いるよ!」と言う人、「言葉は知ってる」という人が多そうです。
元々はアイドルオタク用語だった「推しメン(イチオシのメンバー)」から発展して生まれたともいわれる「推し」という言葉。現在は、アイドルに限らず芸能人・二次元キャラクターなどを中心に、熱烈に応援して愛情を注ぐ対象を示す言葉として用いられています。
私も、推しを持つタイプの人間です。10代の頃からオタク活動に励み、二次元からアイドルグループ、韓国映画まで色々なジャンルを愛し、現場に赴いてきた人生。
そしてオタ活やライター仕事を通じて、推しに愛情、時間、お金を注いでいるたくさんの人々の体験談を聞いてきました。
「推しがいる生活って最高!」「推しのおかげで仕事が頑張れます!」と幸せな話を聞かせてくれる人が多数でしたが、中には「推しが卒業してしまって心が苦しい」「推しを推しとして好きなのか、恋愛感情なのかわからない」と内心を吐露されることも。私自身、できたばかりの推しが活動休止して、推しへの感情が行き場をなくし、一ヶ月くらいダウナーな日々を過ごしたことがありました。
その感情の振れ幅も含めて推し活を楽しんでいる人もいるでしょうが、やはり「推しに抱いている私の感情って何だろう?」「もっと心穏やかに推し活したい」と悩む人の声も寄せられます。
推しを愛する人たちの生活をもっと充実させるために、推しがいることの心理的効果や、推しをめぐる悩みに対しての心理的対処法などをお伝えすることはできないか…?そんな思いを持ったLidea編集部と一緒に辿り着いたのは『サブカルチャーの心理学』などの共著がある心理学者・渡邊芳之さん。渡邊さんに、推しは毎日を豊かにしてくれるのか、率直に聞いてみました!
渡邊 芳之(わたなべ よしゆき)
心理学者。帯広畜産大学人間科学研究部門教授,博士(心理学)。1962年新潟県上越市生まれ。専門はパーソナリティ心理学、心理学史、心理学論。著書に『性格とはなんだったのか――心理学と日常概念』(新曜社)『心理学・入門――心理学はこんなに面白い 改訂版』(有斐閣)などがある。
推しブームの背景に「アイドルの巨大グループ化」と「SNS」が深く関係している…?
いつの間にか起きていた“推しブーム”。渡邊さんはどう捉えていますか?
「推し」について考える時、まず漢字が重要だと思います。推薦の「推」ですよね。つまり自分がただ相手を好きというだけではなく、この人がいいんだよと人に推薦したり教えたりして、その魅力を分け合っていくニュアンスがあります。
そうですよね。特に「推しメン」と言う場合には、たくさんいるグループアイドルの中でこの子がいい!を伝える役割が大きいと思います。
いま流行している「推し」という言葉の概念は、グループアイドルのメンバーに限らず、もっと広い意味になっているのが面白いですよね。ソロアイドルやタレントさんも指すし、「好き」を表す強い言葉として使う人もいる。調べたところ、職場で気になる人を、推しと呼んでいる人までいるらしいです。
私も友だちを紹介する時に「推してる人!」って言っちゃいます(笑)。
使われているうちに意味が広がっていくのは、どんな流行語でも起こることです。
テレビ番組でも「推し特集」が組まれ、SNSでも推しへの言及が日々見られます。ここまで多くの人が推しを持つようになった状況に、どんな社会的背景があると思いますか?
1つは、アイドルがグループ化し、メンバーを変えて継続するようになったことが大きいと思います。僕が中高生の頃って、グループアイドルが出てきても、彼ら彼女らはしばらくすると解散していました。今は40代で活躍するアイドルもいるし、個々のメンバーは卒業するけれど、グループ自体はかなり長く存続するケースも多いですよね。
確かにそうですね。「総選挙」や「サバイバル」などの仕組みができて、個々のメンバーを推す必要も増していますしね。
人は推したい存在がいる時、おそらくその存在に何か「新しさ」を感じているのでは?と考えます。もうすでに有名な人に対しては「○○ファン」って言葉の方がしっくりくるじゃないですか。「○○推し」というのは、新しい人が出てきて、その人を目立たせたい時ですよね。
あ〜、そうかもしれません。
あとはSNSで発信することで、人間関係を築きやすくなったことも、大きな社会的要因ですよね。元は「推しメン」「一推し」みたいにいくつかの言葉があったのが、今はそれらがほとんど「推し」の2文字に集約されているのも、SNSの影響かもしれません。
それはどうしてですか?
SNSって短く言う必要があるじゃないですか。この2文字に、Twitterの140文字では言い切れないようなニュアンスが詰まっているからこそ、流行ったんだろうなと。
あ〜。短くなったことで、普遍性も生まれていますよね。
そうですね。ジャンルによって以前から「担当」や「贔屓(ひいき)」などの言葉はあるけれど、ひとまとめに「推し」と言い合えるようになったのも、言葉が広がったことに影響していると思います。
推しの存在が「アイデンティティの形成」と「コミュニケーション」を促進する?
推しがいることの心理的効果って、すでに研究されているんでしょうか?
推し特有の研究というよりも、オタク研究やファン心理についての研究があります。
そんな研究が!推し心理に通ずる何かがあるかも知れない…。
ファンであることには、大きく2つの機能があるとされています。1つ目は、好きなものや、のめり込む対象を通じて、自分という人間を作り上げる、アイデンティティ形成の機能です。
そんな気はしていましたが、研究でも示されているとは。アイデンティティなんだから、推しの卒業や引退は一大事で当然だ…!
2つ目は、「○○を推しています」と他者にアピールすることで仲間を増やす、コミュニケーション上の機能です。
それも納得です。同じ推しを応援する仲間がいるから、現在のジャンルにとどまっているとか、逆に仲間がオタ卒したから自分もだんだん離れて…という話は聞きます。
人間って、自分の好き嫌いをオープンにすることが、他者から見た自分の人格にプラスになるかマイナスになるかを、実はかなり考えているんです。就職活動で面接官に嫌いな食べ物を聞かれた就活生は、「ありません」と答える人が多いという研究もあります。
つまり、推しを明かせる環境や間柄は、心理的にかなり安全な状況ってことですか?
比較的同じ性質を持つ仲間とか、お互いの好き嫌いを受け入れられるような人間関係が築けているなら、そう言えるでしょう。
それこそ、SNSアカウントの人格だけでつながっていられる世の中だからですよね。
そうですね。SNSには本当に無数の人がいて、自分と好みが合う人間と出会える確率がとても高いですから。昔はファン同士でつながるのがとても難しかったですから、すごいことです。
渡邊さんは、推しがいると、毎日が豊かになると思いますか?
思いますよ。僕自身も、子どもの頃から森昌子さんのファンで、必ず発売日にレコードを買いに行っていたので。
渡邊さんにも、推しがいたんですね!
当時は周囲に仲間がいなかったので、今の人たちがとても羨ましいです。もちろん、豊かに推し活を楽しむために、ある程度の節度は大事だと思います。「収入のほとんどを使ってしまって止められない」みたいな推し活は、いい!とは言い切れないですよね。
そうですね……!推しを持つ人、持たない人に心理学上の違いはあるんでしょうか?
これまでの研究では、オタクになりやすい性格がはっきりあるわけではないとされていますね。ただ行き過ぎた推し活に関しては、「ホーディング」の研究が当てはまるかもしれません。
ホーディングって、なんですか?
簡単にいうと、「ものを収集するのが止められず、ためこんでしまう行為」です。ホーディングを行う人は、生活上の何かしらの欠落感を埋めようとしていると研究結果が出ています。これは推し活の行き過ぎにも言えるかなと。
なるほど。節度を持って推し活できているかって、どうやったら自分でわかるものでしょうか?
今自分が使っているお金や時間、自分の状況をちょっと上の方から見る感覚が持てているか、が大事だと思います。つまり「メタ認知」というやつですね。
メタ認知!自分を客観的に捉えるべき、ということですね。
はい。「今月ちょっとお金使い過ぎたかもな」とか「今回はツアー全通する(すべてのツアー日程に参加すること)けど、次回は我慢しておこう」のように、「推しを推している自分」を客観的に見ていられれば大丈夫だと思います。
推しは、母親目線の感情の一種?
推しに対する感情については、「唯一無二のもの」と言う人もいれば、「恋愛感情と一緒」と言う人もいます。心理学上の解釈ってあるんでしょうか?
ある研究で、ジャニーズファンの方を対象に、自担(自分が好きなメンバー・推しと同一かは人による)のことを何目線で応援しているかを聞いたところ、興味深い結果が出たんです。
心理学って、そんな研究まであるんですね!
その研究によると、51%の回答者が「母親目線」と答えているんです。続いて、「恋人目線」は30%、「同級生目線」が13%という結果です。相手を応援して持ち上げていく、というのが「推す」概念に含まれていることを考えると、推しがいる人の大部分も、母親目線なのかなと僕は思います。
でも、恋人目線の人も結構いるわけですよね。推しに恋愛感情を持つ「ガチ恋」という言葉もあります。渡邊さんは、こういった感情についてどう思いますか?
現実的ではない恋愛感情でも、心理学的には良い効果もあるんです。「マインドワンダリング」、いわゆる白昼夢についての研究がありまして。現在の課題から離れて、自分の中であれこれと空想することは、創造性や心の健康にプラスになるといわれています。
そんな効果が!
今流行りの「マインドフルネス」の考え方とも関わります。マインドフルネスは、今この瞬間の自分に集中することで、将来の不安とか過去の後悔などの辛さから自由になるというメソッドですが、アイドルとの恋愛を夢見ている時も、今ここにいる自分に集中して、マイナスな気持ちから開放されるという点では、心の健康にとって良い効果はあるのではないかと思います。
好きと思える対象があることは大切なんですね。でも、恋愛目線の人に限らず、「推しが好き過ぎて苦しい」「相手の結婚がショックでアンチになってしまった」という声も聞きます。
まず、「そこまで思い詰めている自分は、ちょっと行き過ぎているかもしれない」と考える自分を作るのは大事だと思います。
先程おっしゃっていた、メタ認知ですね。
はい。ただ、推しの結婚は、とんでもなくストレスを感じる出来事じゃないですか。メタ認知では勝てない場合が多いと思います。認知と感情って、必ずしも認知が上位にあるわけじゃないですから。
そうですよね。頭ではわかっていても、ショックなものはショックというか。
だから、あんまり我慢しないで、ちゃんと怒ったり悲しんだりするのが大事ですね。心理学の研究では「悲嘆」が心の防衛機制としてとても有効だと認められています。
「悲しんでいい」と言われるとすごく心が軽くなります。
推しと自分の「現実的な距離感」を忘れない
気をつけたいのは、自分のネガティブな感情にとことん向き合うことと、それを相手に直接伝えに行くことは別だと理解しておくことですね。いまの時代、SNSや現場で推しにコメントできてしまう場合も多いですが、推しと自分の関係と、現実の人間関係の境目はきちんと持っておくべきです。
幸せに推し活をしていくために、大事なことはなんでしょうか?
先ほど「母親目線」「恋人目線」などの調査の話をしましたが、誰かを推している時、自分は、相手に対してどういう役割でいたいのかは、理解しているといいのかなと思います。推し方って千差万別なので、「こういう目線」と言い切れない場合もあるでしょうが。
やはり、ある種のメタ認知を持つということですね。
役割がはっきりすれば、とるべき態度が明白になります。「母親」だったら支出する金額に節度を持とうとか、「恋人」だったら相手の仕事の邪魔をしてはいけないとか。やるべきこと、やってはいけないことがはっきりして、安全に楽しく推せると思います。
すごく参考になりました! 今日は、ありがとうございました!
自分を客観的にみることができれば、推しのいる生活は良いことづくめ
終始思いやりに溢れた回答をくださった渡邊さん。個人的には、「推しのことを考えることには、マインドフルネスに近い効果があるのでは」という指摘が、目からウロコでした。つまり、推しのことを考えれば考えるほど幸福度が上がる…?楽しく健康な推し活を行う上での「メタ認知」の重要性の話も印象的でした。
いずれにしても、推しは気づけばできてしまうもので、推しとの向き合い方は人それぞれ。とはいえ、どんな対象であれ客観的な距離感は常に意識することが、健やかな推し活には必要なのだとも再認識しました。推しを持つすべての方にとって何かしらのヒントにしてもらえれば幸いです!
イラスト:カマタミワ
編集:ノオト
・当記事に掲載の情報は、執筆者、取材対象者の個人的見解で、ライオン株式会社の見解を示すものではありません。
この記事を書いた人
ひらりさ
1989年東京生まれ。ライター・編集者。旅、コスメ、映画、ボーイズラブを愛する。『FRaU』にて「平成女子の「お金の話」、『マイナビウーマン』にて「#コスメ垢の履歴書」を連載中。
X(旧Twitter):https://twitter.com/sarirahira
note:https://note.mu/hirarisa_lv0/
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