国際宇宙ステーションの暮らしって?お風呂に歯みがき...超節水の宇宙生活!
宇宙空間で人類が活動する「国際宇宙ステーション(International Space Station)」。15ヵ国がチームになって運用するこの巨大な有人実験施設では、人類の未来に貢献するための実験や研究が日々行われています。そのISSにライオンが提案した「すすぎが簡単なハミガキ」が搭載される予定となりました。宇宙生活に適したハミガキとは?水が貴重なISSで、宇宙飛行士たちはどんな暮らしをしているのでしょうか?宇宙開発を技術面で支える宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)と、ライオン研究員・渡辺英明さんにお話を伺いました。
地上から約400km上空の宇宙空間に建設された国際宇宙ステーション(以下、ISS)は、重量がほとんど感じられない特殊な環境だからこそ可能な科学実験や研究に取り組む空間です。ISSは、宇宙飛行士が実験や研究を行う「実験モジュール」、生活をおくる「居住モジュール」のほか、電力を作り出す「太陽電池パドル」、船外での作業に活躍する「ロボットアーム」などで構成されています。宇宙に関連するニュースでたびたび耳にする「きぼう」は、日本が開発を担当したISS最大の実験モジュールです。
日本を含む15ヵ国が協力しあいながら利用するこのISSにおいて、日本人飛行士の搭乗にあわせて搭載する生活用品の候補品として、ライオンが提案した「すすぎが簡単なハミガキ」が選定されました。開発、調整を経て、2022年以降に宇宙飛行士・若田光一さんが宇宙に行く際に活用予定です。
宇宙空間での歯みがきや食事、洗濯は、地球で行う場合とどんな違いがあるのでしょうか?宇宙飛行士たちのより良い暮らしを支える日用品としての「すすぎが簡単なハミガキ」の特徴とは…?
JAXAで宇宙飛行士のサポート業務を行う丸山敬貴さん、新事業促進部で暮らし・ヘルスケア分野の宇宙関連事業創出を促進する中島由美さん、同製品の開発に携わったライオン研究員の渡辺英明さんにお話を伺いました。
丸山 敬貴(まるやま ひろたか)
2019年より宇宙技術開発株式会社 衛星技術部宇宙機エンジニアリンググループ所属。日本実験棟「きぼう」の運用管制チームとして、ISSの船内外で行われる実験に携わる。2021年よりJAXA宇宙飛行士健康管理グループ所属。生活用品・宇宙食をISSに持っていくための準備作業を担当。
中島 由美(なかじま ゆみ)
JAXA新事業促進部所属。宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)プロデューサーとして、民間事業者等の方と一緒に宇宙関連ビジネス創出などを行う。主に暮らし・ヘルスケア分野「THINK SPACE LIFE」を担当。
渡辺 英明(わたなべ ひであき)
2010年、ライオン株式会社に入社。基礎研究部門にて界面科学に関する研究に従事し、2017年に博士号を取得。現在はファブリックケア研究所にて「トップスーパーNANOX」の開発を担当。「宇宙×ヘルスケア」をテーマに部署横断チームを結成し、リーダーとして種々企画を推進中。
国際宇宙ステーションでは何が行われているの?
ニュースなどで目にする機会がない限り、ほとんどの人は日常生活で「宇宙」を意識する機会はあまりないでしょう。しかし、以前にISSの日本の実験棟「きぼう」運用管制チームの一員であった丸山さんは、「ISSで行われている実験は、地上で暮らす私たちの生活をより豊かにするためのものです」と教えてくれました。
――今日は宇宙での暮らしについて、いろいろ教えてください!まず、ISSではどんな実験や研究が行われているのでしょうか?
本日はよろしくお願いします。ISSでは、宇宙飛行士たちが地上の研究者たちと連携を取りながら、ほぼ無重力空間だからこそできる様々な実験を行っています。例えば、『きぼう』の静電浮遊炉装置(ELF)は無重力の特性を生かして、金属試料を空中に浮かせて溶かすことで、精密にその性質を測定できます。
――金属の素材が、私たちの暮らしに関わっている…?
はい。金属は一例ですが、そこで得たデータを地上の研究に活かすことで、社会に役立つ新素材や新薬の開発にもつながっていくのです。宇宙空間で得られたデータや成果が、数年か数十年後には巡り巡って地上で暮らす私たちの暮らしをより良いものに変えてくれる可能性があるんですよ。
――なるほど。ISSは人類の未来のために貢献している、貴重な実験ラボなんですね!
宇宙での暮らしは「超節水」が基本!
「宇宙で暮らす」と聞くと夢があってなんだか楽しそうですが、実際はなかなか大変なことも多いよう…。スペースシャトルは最長2週間程度の宇宙滞在でしたが、ISSでは長期滞在ができるようになり、宇宙飛行士は打ち上げ後、約6か月にわたりISSに滞在します。
そもそも、常にからだが浮遊する宇宙空間では、地上と同じような暮らしはできません。では、宇宙飛行士の皆さんは、毎日の食事や歯みがき、洗濯などはどんな風に行っているのでしょうか。
まず、食事は1日3食、毎日のスケジュールがきっちり決まっています。フリーズドライや缶詰、レトルト食品などにお湯を入れたり温めたりして食べることが多いです。各国の皆さんが集まって一緒に食べるそうですよ。
――昔は味気なかったという宇宙食も、今はバリエーションが飛躍的に増えたと聞いています。ちなみに、メニューはその日の気分で各自選べるのでしょうか?
はい。宇宙食が詰められた箱から各自好きに選んで食べるのが基本です。NASA(アメリカ航空宇宙局)が提供する標準食が全体の8割程度ですが、残りはJAXAが認証した宇宙日本食などで、焼きそばやカレーなど48品目がそろっています。
――焼きそばやカレーとはびっくりです!地球でもおなじみのメニューが食べられるんですね。
そうなんです。食事は毎日のことですから、栄養補給だけではなく、心がほっとするような自国の味も楽しんでもらえたらいいなと考えています。
――では、食後の歯みがきや洗顔、お風呂などは?
宇宙では水がとても貴重です。また、無重力空間では水が四方に飛び散ってしまうため、お風呂もシャワーもありません。洗顔はウェットティッシュなどで行い、歯みがきもうがいをしない“超節水型”スタイルです。
――「すすぎが簡単なハミガキ」プロジェクトリーダーのライオン研究員・渡辺さんも、宇宙空間ならではの歯みがきの作法を知った時は驚いたそうですね。
はい。宇宙での歯みがきは、みがいた後に口内のハミガキをタオルに吐き出す人と、そのまま飲んでしまう人にそれぞれ分かれると知った時は衝撃でした。地上だと、歯みがき後に飲み込むという発想はまったく浮かばなかったので…。
確かに驚きますよね(笑)。生活シーンにおいても、地上での当たり前が通用しない宇宙空間だからこそ、新しいアイデアにつながると考え、JAXAは2020年に「宇宙生活/地上生活に共通する課題テーマ・解決策のアイデア募集」を初めて実施しました。また「THINK SPACE LIFE」プラットフォームも同時に始動したため、当該プラットフォームと連携しながら募集を進めました。
「THINK SPACE LIFE」プラットフォームとは、J-SPARC(JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ)の一環として始動した、宇宙生活の課題・ニーズを起点に暮らし・ヘルスケア分野の新しい事業のタネを掘り起こし、研究開発やビジネス創出を後押しする事業共創プラットフォームです。宇宙生活の課題解決・QOL向上と、地上で暮らす私たちの生活課題解決にも貢献できるようなサービス・プロダクトの創出を目指して活動しています。
宇宙×ヘルスケア!ライオンの部署横断チームのチャレンジが始まる
自分たちの得意分野を通じて、宇宙空間の暮らしをより良いものにするためサポートしていきたい。そう考えたライオンの開発チームは、2020年に「宇宙生活/地上生活に共通する課題テーマ・解決策のアイデア募集」において「すすぎが簡単なハミガキ」を提案しました。
94件の寄せられたアイデア(生活用品候補)の中から「すすぎが簡単なハミガキ」が選定され、これから宇宙へと旅立ちます。
――同製品の開発を担当したのは、宇宙×ヘルスケアをテーマに結成されたライオンの部署横断チームだそうですね。立ち上げの中心となった渡辺さん、結成の動機は何だったのでしょうか?
ISSって空の条件が良いときは地上からも見えるんですよ。流れ星よりもゆっくりと飛ぶ姿を肉眼で見ながら、『実は宇宙って身近だな』というのをここ数年、特に実感していました。そんな時に『THINK SPACE LIFE』を知って、宇宙飛行士たちのQOL向上という課題に、何か自分たちでもできることはないかと考えました。当社の研究開発本部では、“業務の時間を最大15%自由に活用できる”取り組みがあり、そこで今回のチームを立ち上げたんです。
――素敵ですね。「すすぎが簡単なハミガキ」と通常製品の違いを教えてください!
『すすぎが簡単なハミガキ』は一般的なペースト状の製品とは違い、泡で出てくるタイプのハミガキです。使い方は、泡で出てくるハミガキをハブラシの上に乗せ、口に含んでみがきます。
――そこまでは、通常のハミガキと大きな差はないですね。
そうなんです。普通はその後に1~3回ほど水で口の中をすすいで終了となりますよね。ですが、『すすぎが簡単なハミガキ』はすすぎをしなくても、唾液と一緒に吐き出すだけでも口の中の不快感をなくせる設計にしています。
――へぇ〜!水が貴重な宇宙では重要ですね!ほかに泡でのこだわりはありますか?
泡で出ることにより口内に素早く広がります。さらに、口の中での泡立ちを抑え、味が残りにくいマイルドな香味(味・香り)にすることで、唾液と吐き出すだけでも、口残りのない仕様を実現しました。
――それは使ってみたいです!開発で大変だったことはありますか?
開発で最も苦労したのは、無重力空間での実験ができないことです。『本当に重力がないところで泡として出るか?』『宇宙で出す泡ってどんな形になる?』といった様々な疑問を、いかに地上で検証するかが難題でした。
――わぁ!考えてみれば当たり前ですが、使用感ばかりではなく、もっと根本的な部分も研究が必要なんですね。
はい。私はもともと基礎研究部門で界面科学の研究をしていたため、宇宙でも泡の形状が保てるだろうと予測はできましたが、『出た泡はちゃんとハブラシにくっつくか?』に関しては確証が持てなかったのです。
――その疑問に答えてくれたすごい方がいると聞いています!
実は、大変ありがたいことに宇宙飛行士の若田光一さんとのテレビ会議の機会をいただくことができたんです。そこで実際に試作品を使っていただいて使用感を直接お伺いして、無重力空間での泡状ハミガキの使用性についての率直なご意見をいただきました。
――すごい!とっても貴重な経験ですね。どんなフィードバックがあったのでしょうか?
若田さんに教わった宇宙でも使えるかどうかを見極めるポイントは、簡単にいえば『ひっくり返しても使える』ことなんですね。重力に反発して性能が発揮できればOKだと。なるほどなぁとすごく参考になりました。
宇宙空間での快適は、地球上での快適にもつながっている
ここからは、「THINK SPACE LIFE」プラットフォームを推進しているJAXA新事業促進部の中島さんにもお話をお伺いします。
中島さんによると、搭載候補品に選ばれた9製品は次の4つのポイントを踏まえていることを重視したそうです。
――選定された9製品は、いずれも宇宙はもちろん、地上でも有用な場面がある点が大きなポイントと伺っています。具体的にはどのようなことでしょうか。
例えば、すすぎが不要、もしくは少量の水でできるハミガキは、水が使えなくなる災害時の場面などではとても必要とされるはずです。閉鎖隔離環境、かつ物資が限られる災害時の状態は、宇宙空間と非常に近しいですから。また、キャンプやアウトドアのようなシーンなど、水が限られる場面においても親和性があるのではないでしょうか。
中島さんのおっしゃるとおり、宇宙という極限環境の使用性について考えることは、災害時への備えにもなると思っています。また、水不足が問題になっている途上国の方々にとっても応用できる点がありそうです。
『すすぎが簡単なハミガキ』は、1回の使用量0.2グラムとして、1本で約5.5か月間もの長期にわたって使えるんですよね。宇宙に持っていくものですから、体積が同程度であれば長く持つほうが当然ありがたいんです。今後、深宇宙探査(※)や火星探査の段階になると搭載リソースはさらに狭まりますから、その強みは素晴らしいなと感じました。
※地球からの距離が200万km以上の宇宙を「深宇宙」と呼ぶ
いくつかの候補品や候補品に相当する市販品を実際に使用させていただく機会があったのですが、『あ、本当に少ない水でもできるんだ』と、それぞれの候補品が持っている課題解決の観点を実感できました。
――お話を聞いていて、どんどん使ってみたくなっています…!
選定された生活用品はいずれも地上の生活をより良くするという点でも新規性のあるものばかりでした。宇宙旅行がグッと身近に感じられるようになった2020年代は、宇宙と地上、双方を見据えて作られたプロダクトやサービスの市場が今後拡大することを期待しつつ、私たちもその市場を少しでも盛り上げられるよう、民間事業者等の皆さまと一緒に取り組んでいきます。
宇宙、そして未来のための挑戦は、これからも続く
「すすぎが簡単なハミガキ」は宇宙飛行士ためのハミガキとして開発されましたが、もしかすると5年後、10年後には、地上においてもこちらのタイプのハミガキがスタンダードになっているかもしれません。
今回選定された民間企業の素晴らしい技術を宇宙に持っていけることはとても喜ばしいことだと思っています。宇宙飛行士という職業を選ばれた方々は皆、高いプロ意識を持ち、不便な宇宙空間でも6か月間しっかりと仕事をする信念を持って挑んでいます。
実際に若田さんとお話しする機会をいただき、改めて高い職業意識に感服しました。
ただ、その高いプロ意識ゆえに宇宙での暮らしの小さな部分ではたくさん我慢せざるを得なかった部分もあったはずです。次回からISSに搭載される新しい生活用品によって、そうした小さな不満も今後は少しずつ解消されていくとうれしく思います。
そうしたお話をあらためて伺うと、我々メーカーとしても宇宙でも地上でも安心して快適に使えるものを今後も責任を持って作っていこう、という使命感が湧いてきます。私は普段、衣類用洗剤の『トップスーパーNANOX』を担当しているのですが、いつかは水を極力使わない洗濯のような形も提案できたらと思っています。
それは実現化したらうれしいですね。宇宙では洗濯が一切できませんから、『長袖シャツは2週間に1枚まで』というように、使える衣類の数があらかじめ決められています。ほぼ重力がない宇宙空間では服がずっと浮いて、からだにあまり張り付いていないため、地上ほど服に汚れや臭いがつかないそうですが、それでも着た後は廃棄ですから。
宇宙でも洗濯ができるようになったらすごく快適になるかもしれませんね。『すすぎが簡単なハミガキ』もISSでの実際の使用体験を踏まえた上で、災害や医療・介護の現場における性能、水が少ないエリアでの歯みがき分野の展開なども含めて、地上用に再度改良して継続的に展開していけたらと考えています。
また、我々は、弊社のサステナビリティの最重要課題の1つとしてインクルーシブ・オーラルケアの実現を目指しています。これは、生活環境等の状況に関わらず、誰もが、必要なときに、いつでも、オーラルヘルスケアを行える機会を提供するものです。今回の取組みも、それにつながると考えています。
今回の『すすぎが簡単なハミガキ』開発を通じてのライオンさんとのやり取りは、私たち宇宙飛行士健康管理グループにとっても大いに勉強になりました。アイデアがどれもすごく新鮮で、本当に学ぶところが大きかったですね。今後もぜひいろんなアイデアを共創していけたら。
こちらこそ、宇宙で使える製品の開発を通じて多くの発見がありました。今後も弊社の技術が少しでも日本の宇宙開発のお役に立てればと思っています。
宇宙開発を技術で支えるJAXAと、地上の生活を豊かにするために取り組むライオン。立ち位置は多少違えども、より良い未来のために活動を続け、使命感を持って貢献していく姿勢は同じです。ライオンはこれからも、宇宙と地上の双方にベネフィットをもたらす挑戦を続けていきます。
イラスト:中村豪志
編集:ノオト
・当記事に掲載の情報は、取材対象者の見解で、全てがライオン株式会社およびJAXAの見解を示すものではありません
・今回の取材は2021年12月オンラインにて行いました。記事の内容は当時の情報に基づいています
この記事を書いた人
阿部花恵
フリーランスの編集者・ライター。育児・教育、働きかた、ジェンダー、LGBTQ、文芸などのテーマを中心に取材・執筆・編集を手掛ける。ハフポスト日本版、東洋経済オンライン、クラシコムジャーナル、「ダ・ヴィンチ」、「AERA MOOK」シリーズなどに寄稿。構成担当の書籍は「女に生まれてモヤってる!」(ジェーン・スー、中野信子)など。
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