ハミガキの「ミントの味と香り」は、こう決まる。フレーバリストのマニアなお仕事
日々何気なく口にしているハミガキ。毎日、朝昼晩の3回(もしくは朝晩2回)、数分間、ずっとおいしく歯をみがいていられるための"味"や"香り"の開発を担うのは「フレーバリスト」と呼ばれる専門家たち。複雑な成分からなる繊細な香りを嗅ぎ分け、ハミガキのおいしさを左右する天然ミントの品質評価から選定、さらには0.001グラム単位での調香を担当......。そんな「フレーバリスト」の少々マニアックなお仕事現場と日常についてご紹介します。
歯みがきをする時の心地よさを考え、天然ミントにこだわり続けているライオン。商品の印象に大きく影響するミントの味や香りは、実は「フレーバリスト」と呼ばれる専門家たちによって作り出されているのです。500種類以上の香りを記憶し、独り立ちするのに10年はかかるという「フレーバリスト」のお仕事ぶりを、その歴12年のオーラルケア製品専門のフレーバリスト・萩森夏芽に聞いてみました!
萩森 夏芽(はぎもり なつめ)
2007年、ライオン株式会社入社。研究開発本部・香料科学研究所にてフレーバリストとして様々なブランドのハミガキの開発に携わり、現在は「クリニカ」を担当。産休・育休を経て、3歳の娘の育児のために時短出勤で勤務中。
オーラルケア製品専門のフレーバリストがいる…ライオンがミントにこだわるワケ
普段使っているハミガキの味や香りを強く意識することは少ないかもしれません。でももし、変な香りがしたり、口に含んだ時に感じる風味がおいしくなかったとしたら…?歯みがきをすることがすごく苦痛になってしまいますよね。だからこそライオンは、「毎日の歯みがきを楽しんでほしい!」という想いから、オーラルケア製品専門のフレーバリストによるフレーバー開発を行っているんです。
萩森「私たちが天然ミントにこだわり続けているのはやっぱり、“おいしい”から!人工のミントフレーバーもありますが、それだとみなさんに満足していただけるおいしさは実現できないんです。多くの方に日々快適に使ってもらえるよう、こういう味や香りを使って、こんな気持ちになってほしいなというイメージを描きながら調香しています」
ハミガキのフレーバーは、口に含んだ時にまず感じる「トップノート」、使用中から使った後の爽快感、清涼感を左右する「ミドルノート」、そして味の土台となる「ベースノート」の3つの層で構成されています。なかでも最も使い心地に影響するのが「ミドルノート」で、この部分に天然ミントオイルを使っています。
萩森「例えば機能性を重視している『システマ』や『デントヘルス』などでは、和種ハッカを多めに使うことでスッキリとした薬効感のあるハーブの味わいに。一方で『クリニカ』はなるべく家族全員で一緒に使えるよう、甘みが強いペパーミントが多め。ハミガキによって、使用するミントの種類自体を変えているんです」
ミントオイルの香味を機器分析を使って人工的に合成しても、天然の味わいには敵いません。だからこそ、人が持つ繊細な感覚を用いてフレーバリストたちが開発を行っているのです。
マニアックすぎる、フレーバリストのお仕事事情
フレーバリストは、もともと「アロマが好き」など、香りに興味があって志望する人が多いのだそう。当の萩森も、大学院時代は白米の香り(!)の研究をしていて、ライオンに入社後、フレーバリストを希望し、いろはを学んでいきました。
萩森「3、400種類くらいの香料を最初に覚えるんです。毎日10個ずつ香りを嗅いでは言語化するという作業を繰り返していきます。最初は自分なりの言葉で書き、次は先輩と一緒に評価をする。そこで先輩の言葉を、自分のノートに書き足していって…毎日毎日、ひたすら嗅ぎます(笑)」
このような日々を10年続けていって、ようやくフレーバリストとして一人前に。まさに職人の世界です。
萩森「嗅覚に特別な能力が必要なのでは?とよく聞かれるのですが、それは普通で大丈夫。でもとにかく“経験”が大切なんですね。日々の練習や、仕事の中での訓練はもちろん、国内外での研修や、毎年アメリカで実施するミントの評価会など、様々な経験を通してやっと独り立ちできます」
特別な能力はいらない…ということですが、ここまで聞く限りでもなかなかなマニアックっぷり。フレーバリストの驚きのスキル(マニアックポイント)についてご紹介していきましょう。
マニアックポイント①:香りを嗅げば、ミントの種類と産地が判ります
萩森「天然ミントオイルは毎年、一大産地であるアメリカへ私たちが直接選定しに行きます。五大湖周辺の“ミッドウエスト地区”と北西部を中心とした“ファーウエスト地区”があるのですが、同じ品種でも産地によって特徴が微妙に異なるんです。さらには天候による生育環境によっても香りが変わるため、直接現地に行き、“官能評価”という香りの評価を行っています」
天然モノだからこそ、その年の気候によって生じる香りのブレがあるのは当たり前。しかし商品である以上は、常に一定のフレーバーを維持しなくてはなりません。そのため、ミントオイルの選定の時点で、品質のブレを調えるために複数のミントオイルをブレンドし、産地ごとの特徴が出るようにしていきます。
萩森「例えば農家Aのミントは甘みが弱い、となれば甘みが強く出ている農家Bのものとブレンドして…といった具合に、それぞれの産地の特徴が毎年変わらない品質になるようブレンド調整を行います。そのため、様々な特徴をもったミントを使いこなすためには、産地ごとの違いが判るということは必要不可欠なことなんです」
マニアックポイント②:1年以上先の熟成したミントの香りを予測できます
萩森「毎年11月にアメリカに行って買い付けを行いますが、実はそのミントオイルが実際に使用されるのは、約1~2年後。ミントオイルには熟成期間があって、寝かせることによって落ち着くネガティブな要素や、逆に強まる甘みなど、1年以上先の香りを想像しながら評価しなくてはならないんです」
微細な香りの違いを嗅ぎ分け、こうした評価を嗅覚だけで行うフレーバリストにとって、まさしく鼻は命…!いつも同じ評価ができるよう、鼻の調子に気をつけることは基本中の基本。
萩森「アメリカ出張の時期が近づくと、みんなまず絶対に風邪をひかないよう徹底して体調管理をしていきますね。私が初めて行った時はアメリカ人に囲まれて緊張してしまい、初日は自分の本領を発揮できませんでした(笑)。そういった意味でも、経験を積めば積むほど、安定した評価を行えるようになっていきます」
マニアックポイント③:ブランドごとに処方を作り、フレーバーを開発できます
そうして遥々海を越え、選定してきたミントオイルを、今度は製品を特徴づけるフレーバーになるよう、様々な香料と組み合わせて調香していくのも、フレーバリストの担当です。
萩森「香料の原料が全部集められている調香室という部屋があって、そこには一人につき一台の調香台があるんです。台があって、椅子があって、秤がある。周りには香料の入った瓶が並んでいて、製品ごとの処方に合わせて0.001グラム単位で香料を足しながらブレンドしていきます。最後の最後の微調整には楊枝を使ったりすることも(笑)」
調香を無事終えると、次はその香料を「基剤」と呼ばれる匂いも味もしないハミガキのペーストに混ぜていきます。そしてハミガキ用のチューブに移し替え、寝かせること一晩……。
萩森「翌朝鼻がまっさらな状態で評価し、思っていたのとちょっと違うぞと思ったらやり直し。処方の比率を変え、また混ぜて、チューブに詰めて、翌朝チェックの繰り返しです。もちろん、嗅ぐだけでなく実使用評価も行います。毎日、歯みがきしまくりです(笑)」
なんと、実際に歯ブラシに適量を出して、数分間自分の歯をみがいてフレーバーを確認するというから驚きです。それも全ては歯みがきの時間を充実させてくれるフレーバーづくりを追求するため……!歯をみがく何分という間に、味がなくなってしまってはNGなのです。
萩森「香りももちろんですが、とにかく味がおいしいことが大事。フローラルの香りってすごくいい香りじゃないですか。でも実は、味は苦いんです。香りをよくしたからといって、味もおいしくなるとは限らない。例えばシナモンやクローブ、コリアンダー、タイムといったスパイスは味がおいしいんです。ミントも天然のものはおいしい。そういったものを足して、香りも味もよくなるように整えていくんです」
本来は基剤成分の味をマスキングし、スッキリ感を与えるために、味付けがされるようになりました。ですが、今は使う人の感受性がどんどん高まっていて、味のおいしさだけでは満足できない。どのようなフレーバーにすれば、“良い気分になってもらえるか”をイメージしながらフレーバー開発をしていく必要があるのです。
ママになって、よりフレーバリストとしての意識が高まった
少々マニアックなお仕事ぶりを教えてくれた萩森ですが、プライベートでは子育てに奮闘中のお母さん。現在は3歳の娘さんのために、夕方までの時短勤務という形態をとっています。一年間の産休と育休中には「出産を経て、嗅覚が変わっていたらどうしよう?」という不安もあったそう。
萩森「産休と育休を明けた後に、自分の“香りの感度”が衰えていないか心配したんですが、いざ蓋を開けてみると全然大丈夫でした。むしろ、毎日の娘のオムツの匂いで鼻は感度が増してる、とすら思いました(笑)それよりも、ずっと赤ちゃんと向き合っていたので、香りを表現する言葉が出てこなかったですね。」
母になった萩森がフレーバリストの仕事をする中で感じることは、やはり「自分の子供も使う」ということを考えるようになったということ。
萩森「ちゃんとおいしいハミガキを使いながら成長してほしい。出汁じゃないですけど、顆粒のものばかりでなく、ちゃんととった出汁を与えたい。ちゃんと味としてよいものを知って大人になって欲しいな、というような想いが芽生えるようになりました。それに、小さい頃って歯みがきイヤイヤってなるじゃないですか。私の娘も最初は好きじゃなかったんですが、色々試行錯誤して。そうしたら“歯みがき”って言葉じゃなくて、ハミガキのフレーバーの“ブドウ”って覚えたんです。“ブドウやる”って(笑)おいしい味って大事だなと改めて実感しました」
ライフステージの変化によって、よりフレーバリストとしての気づきが増えたという萩森。生活者の方に、日々どんな気持ちで歯みがきをしてほしいかをイメージして開発を行う上で、マニアックな職人技が求められると同時に、いち生活者としての視点も大切になってきます。
そんな稀有なフレーバリストが作り出しているライオンのハミガキ。ぜひ次歯みがきをする時は、フレーバーに意識を向けてみて、香りや味の変化を楽しんでみてくださいね!
「MINT PRIDE ~120年創り続ける意味~」篇
「MINT PRIDE ~天然ミントにこだわる理由~」篇
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