運動オンチは思いこみ!?専門家に聞いた「楽しく運動能力が身に付く」秘術
なぜこの世には、運動センスを持つ者と持たざる者がいるのでしょう。大人になってからでも運動が上達する「秘術」を求め、運動オンチ歴30余年のライター・坂口ナオが、スポーツ科学を研究する高橋宏文先生を直撃!「運動能力は、誰でもいつからでも高められる」と言う先生に、家で気軽にできるトレーニングを教えてもらいました。世界中の運動オンチたちよ、さぁ今こそ挽回のチャンスだ!
徒競走はいつもビリ、逆上がりも逆立ちもできず、跳び箱は顔から着地、球技はみんなのお荷物必至で、誰かのため息や怒号に怯え、次第に運動から遠のく足…。
そんな運動オンチ街道をひた走り、はや30余年。どうも、ライターの坂口ナオです。
みなさまのご想像通り、文化部にしか所属しない人生を送ってきました。
健康のためにもいい加減なにか運動せねばと思うものの、そもそも運動習慣がないので楽しくないと続かない。フットサルなど仲間とやるスポーツなら楽しめそうと思いつつ、下手が過ぎて迷惑をかける予感しかしないので、躊躇してしまう。
そもそも、なぜ私は運動ができないのか?
こんな私でも劇的に運動ができるようになる、裏技みたいなものはないものか?
そんな疑問を晴らすため、スポーツ科学を研究する、高橋宏文先生に会いに行ってきました。
高橋 宏文(たかはし ひろぶみ)
東京学芸大学 健康スポーツ科学講座 准教授。順天堂大学大学院修士課程にてコーチ学を修了。同大学女子バレーボール部、男子バレーボール部のコーチを務める。1998年10月より東京学芸大学に講師として勤務後、同大学男子バレーボール部の監督に就任。著書に『子どもの身体能力が育つ魔法のレッスン帖』『幼児の運動あそび 親子で楽しむ魔法のレッスン帖』(以上、メディアバル)。
「運動神経」なんてものはないし「運動オンチ」も実はいない?
単刀直入に聞きます。30代・運動オンチの私でも、これから頑張れば運動できるようになりますか?
もちろん。いくつになっても運動能力は向上できますよ。
良かった…!親子代々運動神経が悪いので、私も一生運動が苦手なままかと思っていました。
「運動神経は遺伝する」ってよく聞きますよね。でも、そもそも「運動神経」という運動専用の神経はないし、それに近い、からだを動かす時に使う神経も、遺伝ではなく、後天的に能力が養われるものなんです。
でも私、小学1年生の体操教室で、ほかの子ができることが全然できなかったんです。その時点ですでに差がついてたってことは、 やっぱりある程度、遺伝も関係あるんじゃないですか?
生まれた瞬間に立ち上がることのできる動物と違って、人間は誰しも平等に、何もできない状態で生まれてきますよね?
たしかに。人間の赤ちゃんは皆、最初は首も座っていないし、立つこともできないですね。
そうですよね。つまり、そこから始まる「ハイハイ」「つかまり立ち」「歩く」「走る」などのすべての動作が、実はトレーニングの役割を果たしているんです。子どもの運動能力に差があるのは、生まれたその日から始まるトレーニングの量や質が各々で違うからです。
でも、親子そろってスポーツ選手、なんて家族もいるじゃないですか。ああいうのも本当に遺伝じゃないんですか?
例えば、テニスの錦織選手の両親は、競技ではなく趣味としてテニスを楽しむテニスプレイヤーだったそうです。イチロー選手の父もプロの選手ではありません。大事なのは、一緒にからだを動かす機会をどれだけ作るか、なんですよ。
なるほど。じゃあ運動能力が遺伝するように見えるのは、運動が得意な親だと、子どもとからだを動かす機会が増えて、子どもの運動能力も自然と鍛えられるから、ってことなんですね。
そう考えられます。
ということはつまり、私が小学1年生の時にほかの子よりも運動ができなかった理由は、乳幼児期に親とからだを動かして遊ぶ機会が少なかったから、ってことですか?
その可能性もあります。ただ、誤解しないでほしいのが、ほかの子ができたことができなかったからといって、「運動ができない」わけではないということ。
どういうことですか?
運動は、ひとつできるからと言って全部できる、というような単純なものじゃないんです。もしかしたら坂口さんも、体操以外のスポーツならほかの子よりできていたかもしれません。例えば…、やりやすいと感じるスポーツはありますか?
う〜ん。強いて言えば、サーフィンとかスノボみたいな「板に乗る系」はやりやすいかもしれません。
じゃあ、もしかしたらサーフィンやスノボだったら、ほかの子よりも得意だったかもしれませんよね。「運動ができない」と思っている人でも、できることはちゃんとあるんです。人とそれが一緒じゃなかったり、できる範囲に違いがあったりするだけで。
スポーツが専門の教授にそう言ってもらえると、かなり心強いですね…!
逆に言えば、「運動能力が高い」人でも、すべてが得意なわけではなくて、できることとできないことがあるんです。短距離走で人類史上最速のスプリンターと評されたウサイン・ボルト選手も、サッカーで才能は開花しませんでした。私自身も、かなり高いレベルでバレーボールをプレイさせてもらっていると自負していますが、ダンスはまったくできないんです。
たしかに、ダンスをしているイメージが湧きませんね(笑)。その「できること」「できないこと」って、子どもの頃の運動内容や質で、ある程度決まっちゃうものなんですか?
決まってしまう、ということはありません。もちろん、上達の速度は子どもの方が早いです。でも、大人になってからでも運動能力は伸ばすことができますよ。
そうなんですね!ちょっと希望が湧いてきました。じゃあもしかして、私も今から頑張ればオリンピック選手になれますか?
それはちょっと…、わからないですね。
運動ができる人に共通する「ある能力」を鍛える方法
では、どうしたら運動の「できる」を増やすことができますか?
スポーツによって必要な能力が違うため、一概には言えないのですが、「運動センスがある人」に共通する“ある能力”を集中的に鍛えることで、運動能力の劇的な向上が図れるかもしれません。
そういうの待ってました!その能力とは、一体何ですか…!?
それは…「調整力」と呼ばれる能力です。
「調整力」…!初めて聞きました。
運動能力とは、筋肉量や柔軟性、持久力などが複合的に組み合わさったもの。そのなかでも特に、身のこなしや技術の向上に関連の深い能力が「調整力」です。
ふむ。
具体的には、目や耳から入ってきた情報を脳が素早く処理し、「どう動くか」を全身の筋肉に伝える神経の働きを指しています。これは、スポーツに限らず、すべての動作に働く力です。
からだを上手に操作する力、ってことですね。じゃあもしかして、調整力を鍛えたら転びにくくなったりする…?
はい、転びにくくなります。最近の子どもたちが転びやすくなっているのは、外遊びの機会が減ったことによる調整力の低下だと言われているんですよ。
うっ…、私も転びやすいです。これは絶対に調整力が不足していると思います。先生、一刻も早く調整力を鍛える方法を教えてください!
ではさっそく、調整力を鍛える「コーディネーショントレーニング」について、ご紹介していきましょう。
コーディネーション…トレーニング…!!!!
「7つの調整力」にアプローチして、運動オンチを克服せよ
コーディネーショントレーニングとは
1970年代に、当時スポーツの研究が進んでいた旧東ドイツで生まれたトレーニング理論。その後、アメリカでも研究された。身体のコントロールを司る「調整力」を鍛えることで、これまで「動きが鈍い」「不器用」とされていた人でも、みるみる運動センスが高まることがわかった。
このトレーニングって、筋トレとは違うんですか?
通常トレーニングというと、筋肉を鍛えるものですよね。一方、コーディネーショントレーニングは、神経系に刺激を与え、からだをたくみに動かせるようにするためのものです。
そうなんですね。
ちなみに日本でも、似たような考えのからだを操作する能力を高めるトレーニングを考えだし、高身長の選手たちを鍛えて動ける選手として育てたコーチがいました。その方が率いたチームは、1972年のミュンヘンオリンピックで日本男子バレーボール初の金メダルを獲得したんですよ。
すごい!
このトレーニングでは、調整力をさらに7つの能力に分類し、それぞれの能力に働きかけていきます。
さらに7つの能力に!?ややこしくなってきましたね…。
ですよね。言葉で説明するとますますわからなくなると思うので、下記の図を見てください。
いろんな能力があることはわかったのですが…、この7つの能力がどうスポーツと関係しているんですか?
例えば、バレーのスパイク(アタック)で言うと…。
「定位」は、トスの距離や高さを測る。味方や相手の状況を見る。
「反応」は、トスの高さや長さに応じて助走する。
「リズム化」は、トスにタイミングを合わせて助走し、ジャンプする。
「変換」は、相手の動きに合わせて、とっさにコースを変えて打つ。
「バランス」は、空中で姿勢を保ちながら打ち、乱れず着地する。
「連結」は、助走、ジャンプ、スイングなど、複数の動きをスムーズに行う。
「識別」は、力を加減し、一連の動きの中で必要な速度に調整する。
と分類されます。
1つのスポーツのなかで、この7つの能力が複合的に発揮されているんですね!
そうですね。ただ、能力の配分は、各スポーツ・動作によって違います。「球技は得意だけどダンスは苦手」「ボールを取るのは得意だけど打つのは苦手」という現象は、ここからきています。
運動のなかでも得意と苦手のグラデーションがあるのは、この7つの能力の配分が関係していたんですね。
坂口さんは、スノーボードやサーフィンが強いと言ってましたよね。どうやら「バランス」能力が強そうです。7つの調整力それぞれを鍛えるトレーニング方法があるのですが、今日は、バランス能力を鍛えるトレーニングを一緒にやってみましょう!
バランス能力を鍛えるトレーニングにチャレンジ!
まずトライしたのは、「まっくらバランス」。
片足で立ち、両腕をまっすぐ左右に開いたら、そのまま目を閉じて30秒間キープします。
からだがなるべく揺れないようにこらえるのですが、かなりグラグラしてしまいました…。
目を開けていると大丈夫なのに、閉じると急にバランスが取りづらくなりますね。
普段は無意識なので気付きませんが、ささいな動作にも、「見る」「聞く」などの五感がフルに使われているんです。だから、感覚を1つでも遮断すると急にやりづらくなる。でもそうすると、失った感覚を補うために、ほかの感覚が鍛えられるんです。
そうなんですね!
この効果を利用して、わざと聞こえないようにしたり、見えないようにしたりする練習方法もあるんですよ。
次は、先生に協力してもらい、「片足キャッチボール」にトライ。
やり方は簡単。2人組で、お互い片足を上げた状態でキャッチボールするだけです。
今度は目が開いているので楽勝かと思いましたが、ボールを取ろうとからだを動かすたびにバランスが崩れ、かなりグラグラしてしまいました…。一方先生は、人形か!ってくらい体勢が変わりませんでした。
どうしてそんなに安定してできるんですか?
足の裏や指で踏ん張っているんです。
なるほど…。私は足先から腰までの軸みたいなもので支えていましたが、言われてみれば指も使うと安定しますね。
運動ってなかなか言葉にしにくいですが、あえて言語化することで、「自分はこうやってからだを動かしているんだな」と意識することができるようになります。意識をすることで上達にもつながります。なので、できた時には、「なぜできたのか」を言語化するようにしてみると良いですよ。
続いては、「腕立てバランス①」をやってみます。
まず、うつぶせの体勢になり、両足の下にボールを置きます。その状態で両腕を立て、腕立て伏せの姿勢に。ここから、ボールを転がしながら、手を使って後ろに2〜3歩、次に前に2〜3歩進みます。これを2〜3往復くり返します。
難しいかと思いましたが、これ、意外とできました…!1つめ、2つめのトレーニングよりも簡単だったかもしれません。
坂口さん、やっぱりバランス能力が高いみたいですね。
えっ!先生もそう思います!?
一定の姿勢を維持しながら動く能力が高いのかな、と思います。さっき「足から腰までの軸を使った」と言っていたし、からだの軸を感じる力が強いんでしょうね。
うおお…、運動できないできないと思ってたから、できることを1つ認めてもらえるだけで、めちゃくちゃ自己肯定感が上がりますね…。
さあ、最後は「腕立てバランス②」です。
まず、腕立ての姿勢になり、片手の下にボールを置きます。次に、ボール側の手を使い、ボールを背中の上に置きます。
置けたら、両膝と床についている手をゆるめて伏せます。
これ、なぜかボールを腰に置いたあと、両手を離した状態で伏せようとしてたんですが(もちろん難しすぎて、すぐに断念した)、ボールに添えた手はそのままで伏せて良かったみたいです。みなさんがやる時はお気を付けください!
むしろよく両手離した状態でしばらく乗せられたな…。やはり私はバランス能力が強いようだ…。
トレーニングと言っても特別な道具や器具がいるわけじゃないし、これなら続けられそうです!
複数のトレーニングを組み合わせて、1回30分程度、週数回から始めてみましょう。楽しく動くのが何より大切なので、難易度の低いトレーニングからトライしてくださいね。感覚がフレッシュな朝や運動前に行うとより効果的ですよ。
やっぱり何事も楽しくやる!が一番ですね。先生、今日はありがとうございました!
科学的に裏付けのあるトレーニングで、こっそり能力高めちゃおう!
最近は、運動不足解消も兼ねて、自宅勤務の合間にちょこちょこ、バランス能力を鍛えるトレーニングにトライしています。
この取材のあと、不思議と以前よりもスポーツに前向きに取り組めるようになった気がします。スポーツ科学の専門家である高橋先生に「バランス能力が高い」と言ってもらえたことで、「自分は運動オンチだから何やっても下手」というマインドロックが外れ、自信がついたのかもしれませんね。
「運動ができないと思っている人でも、できることはちゃんとある」と先生もおっしゃっていたとおり、運動オンチ(だと思っている)人にも「できる」スポーツがきっとあるはずです!
ぜひ同胞のみなさまも、その言葉を胸に、
・調整力を身につけること
・「なぜできたのか」を言語化すること
を意識して、楽しく運動してまいりましょうね!(運動苦手意識から運動不足になっている人が多いでしょうから、くれぐれも怪我にはお気を付けて!)
編集:ノオト
撮影:小野奈那子(1枚目を除く)
・当記事に掲載の情報は、執筆者の個人的見解で、ライオン株式会社の見解を示すものではありません。
・この記事は2020年6月に取材しました。
この記事を書いた人
坂口ナオ
東京都在住のフリーライター/編集者。1985年生まれ。2013年より「旅」をメインテーマに据え、webと紙面にて執筆活動を開始。日本各地のユニークな取り組み、人、伝統などの取材を手がける。2015年に編集者として株式会社LIGに入社、2018年には再びライターとして独立。専門ジャンルは「地域・人・文化」。ライフハックが大好物。
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