お腹が鳴る理由-「腹の虫」の音で知る、心と体に生息する虫の正体って?
グゥ~とお腹が鳴る時に使う「腹の虫」ってそもそも何?イラストレーター兼ライター・ヨシムラヒロムがその正体を探るべく、歴史的側面と医学的側面から、専門家にインタビュー。「腹の虫」の言葉の由来とお腹の音が鳴るメカニズムをひもときました。
こんにちは!イラストレーター兼ライターのヨシムラヒロムです。
最近、なぜかお腹が「グゥ〜」と鳴ることが増えました。静かな打ち合わせ中に鳴り、赤面した経験もあります。もう嫌になっちゃいますよね。
ところで「腹の虫が鳴く」といった慣用句にもなっている「腹の虫」って一体何のことを表しているのでしょうか?腹の虫という「言葉」が誕生したルーツと、腹の虫の「音」の正体、このふたつを探りたいと思います。
「腹の虫」説の誕生秘話
まずは歴史的側面から紐解いていきましょう。
お話を伺ったのは南山大学・長谷川雅雄名誉教授。医学思想、文芸作品、民俗風習から腹の虫を調査した本『「腹の虫」の研究』の著者のひとりです。
教授!いつ頃からお腹に虫がいると考えられるようになったのですか?
戦国時代の頃からですが、最も「虫」がいると言われたのは、江戸時代です。当時の人々は、お腹にいる虫が病気を引き起こすと考えていました。話は少しそれますが、お腹に虫がいると考えられるようになる前は、鬼が病気を起こすと考えられていたんですよ。
おっオニ!?あの鬼のことですか…。
そうです、鬼です。大昔は、病気の原因を鬼の仕業と考えることが多く、病気の治療をするのは、医師の前にまず宗教家の仕事でした。治療方法は主に加持祈祷(仏の呪力を願う儀式)です。偉い人が病にかかった時は何人もの祈祷師が集まり、鬼を退治すべく何日も祈ったようです。
なんで、病気の原因が「鬼」から「虫」に変わったのでしょうか?
江戸時代は町民文化が盛り上がり、同時に信仰の力が弱まってきた時期。医学も進み、医師も増えていきましたが、「鬼」が病因であれば医学の対象にはなりません。しかし「虫」であれば医療対象となります。目に見える「虫」ならば、虫を退治する薬物を用いるという治療法も確立できます。そこで医者は患者に「病原は腹の虫」といった説を唱えます。
医者はなぜ説を唱え始めたのですか?
それは医者たちにとって、自分たちの活躍の場を広げることができるからです。江戸時代の医学の本を見ると、実に多くの種類の「虫病」の記載があります。その中には、今でいうところの心の病も「虫病」に含められていました。
心の病まで!しかし、いきなり「腹の虫」と言われて信じられるものなんですか?
当時は今と比べて、生活環境が清潔ではありませんでした。便をした際、寄生虫が実際にいることは日常茶飯事だったんです。人は目に見えないものより見えるものを信じますよね。病気を引き起こす原因が鬼から目に見える虫へと考えられるようになるのは自然なことだったと思います。
腹の虫には、どのような種類のものがいると考えられていたんですか?
戦国時代の医学書『針聞書(はりききがき)』には、病別に63種の虫とその治療法が掲載されています。ちなみに、心の病だけでなく、その本には子どもの夜泣きといった症状も腹の虫が原因だと考えられていました。
えっ、夜泣きも虫のせいだと思われていたんですか!?虫を退治する薬物を処方していたとのことですが、その効果はあったんですか?
実際に虫のせいで起こっているわけではないので、“薬としての”効果はありません。ですが、当時は駆虫剤が“効く”と信じられていましたから、プラセボ効果(効き目のあるくすりを服用していると本人が思い込むことによって、病気がよくなること)によって、実際に病が改善されたことも多かったと思われます。
先ほどの鬼退治の祈祷も「治った」という実例がないと人々に浸透しないはずなので、今日の私達が想像する以上に効果はあったのでしょう。
人の思い込みの力はすごいですね…。子どもを夜泣きさせる虫以外にも特徴的な虫について知りたいです!
腰痛の虫なんていかがでしょうか。当時は腰痛も虫が原因でした。この虫の生息地が腎臓と考えられていたから興味深いですよね。治療方法は「キク科のモッコウの根」でした。
僕も腰痛持ちなので、ヘビのような虫が腎臓にいるのかもしれません(笑)。
体外と体内を行き来する虫もいます。カラフルな羽が生えた肺虫です。しかも肺虫が体内から出てまま戻ってこない場合、この虫に住みつかれてしまった人は死んでしまうと考えられていました。「キク科のオケラの根茎」を煎じて内服すると肺虫は死ぬということになっています。
勝手にとりついて、いなくなると死んでしまうって、つくづく恐ろしい虫ですね。
お腹が腫れることはたまにあると思いますが、当時はそんなことも「腹の虫」のせいだったんです。脹満の虫にとりつかれると腹部がパンパンに腫れると言われていて、熟したミカンの皮が治療に使われていたんです。乾燥したミカンの皮は「陳皮(ちんぴ)」と呼ばれ、今も漢方に使われています。
へえ!それにしても「腹の虫」ってユニークなビジュアルに反して、恐ろしいヤツばかりなんですね。その虫の存在は、いつ頃まで信じられていたんですか?
江戸時代までで、明治時代に入ると西洋医学が主役となります。西洋由来の医学書も広まり、医者が病気になる原因を理論的に説明できる時代へと突入したのです。
人は元来新しいもの好き、なおかつ旧来の漢方薬よりも、近代的な西洋の医薬の方に効き目があると分かれば、そちらを信用しますよね。このようにして病原としての虫は消えていきました。今となっては腹の虫という言葉だけが残ったというわけです。
なるほど。その名残で、今でも「腹の虫」という言葉を使うんですね。長谷川先生おもしろかったです、ありがとうございました!
腹の虫が鳴く仕組み
歴史的側面から腹の虫の語源はわかりましたが、お腹が「グゥ〜」と鳴る理由は?といざ聞かれると答えられないもの…。 お腹が鳴る時、身体の中でなにが起こっているの?という疑問に、芝大門いまづクリニック今津嘉宏先生にお答えいただきました。
先生!腹の虫が鳴くのはなぜでしょうか?
ちょっと、その前に音が鳴る仕組みを説明させてください。ここに水を満タンにしたビニール袋があるとしましょう。口を縛って振っても音はしませんよね。では、ビニール袋に少し空気を足してみましょう。振れば…。
「バシャバシャ」と音がします。
水と空気が触れ合わない限り、音は鳴らないんですよ。身体の中でも同じことがいえるので、腹の虫が鳴いているのは水と空気を含んだ臓器、小腸もしくは大腸に絞られます。
そもそも小腸と大腸ってどんな働きをしているんですか?
小腸は栄養、大腸は水分の吸収をしています。大腸はガスが充満しているので、環境的には音が鳴りやすいのですが、大腸の動き(ぜん動運動)が遅い。対して、小腸は肉眼で見えるほどぜん動運動がスピーディな臓器なんです。
運動が遅いと水と空気が触れ合いにくく、逆に運動が早いと水と空気が触れ合いやすい。ゆえに小腸から音が鳴る回数の方が圧倒的に多いんです。
つまり、腹の虫が鳴く音の多くは小腸から発せられているということですね!
はい、その通りです。では、小腸はいつ音を鳴らすのかというと、空腹時と消化中の2通りが考えられます。
空腹時は唾液や胃液などの消化液が小腸に流れていく時に、強い収縮が起こるから。お腹が空いた時に鳴る音がこれです。逆に消化中は、十分な量の食べ物や水分が小腸に流れていき、その活発な消化活動によって小腸が「グゥ〜」と鳴ります。食後にお腹が鳴る原因はこれですね。
音がずっと鳴る、もしくはまったく鳴らないというのも良くないですか?
そうですね、ずっと音が鳴り続けていたり、まったく音が鳴らなかったりするのは何かしらの異常がある可能性もあります。あまりに気になるようでしたら医療機関を受診してくださいね。
最近お腹がよく鳴るのですが、そんな僕でも、お腹の音とうまく付き合っていく方法はあるのでしょうか?
心臓の動きや臓器の消化活動などは自律神経によって無意識に行われています。自律神経とは交感神経と副交感神経の総称。この交感神経と副交感神経のバランスを整えることで、お腹の音とうまく付き合っていくことはできる思います。
例えばお腹に手を当ててマッサージをしたり、自律神経に作用するといわれている香りの力を借りたり。お腹が張って寝るのが辛い人は、ミントを入れた蒸しタオルでお腹を温めるのも良いですね。お腹も正常に動き始めますよ。
なるほど~。
また、シナモンは腸の動きをよくする効果があるので積極的に取り入れるのもいいでしょう。お腹が痛くてグルグル鳴る時は、生姜がおすすめ。胃腸の不調に効果があるので、お腹を温めて痛みをやわらげる作用があります。
腸の動きと上手に使えば、肉体的にも、精神的にリラックスすることも可能です。ヨシムラさんのお腹の虫をぜひ手なづけてあげてください(笑)。
貴重なお話、ありがとうございます。ただ、「腹の虫」を手なずけることはなかなかの修練が必要ですね…。もう少し、自分の身体と対話する時間を増やしたいと思います!
江戸時代は人体を巣食う害虫だと考えられていた腹の虫。時を経て、腹の虫は身体の健康状態を知る立派な益虫となったのかもしれません。
これを機会に、腹の虫の声にしっかりと耳を傾けてみたいと思います。
・イラストは全てイメージです。
・当記事に掲載の情報は、執筆者・監修者の個人的見解で、ライオン株式会社の見解を示すものではありません。
この記事を書いた人
ヨシムラヒロム
1986年東京出身。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。イラストレーター、コラムニスト、中野区観光大使。五反田のコアワーキングスペースpaoで週1度開かれるイベント「微学校」の校長としても活動中。2017年、美大生のリアルな姿を描いた「美大生図鑑」を上梓。
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