わたしと服の2020年。「自分史」で毎日を振り返ってみた
いろいろなことがあった2020年。毎日が忙しく、あっという間に1年が過ぎてしまったという人も中にはいるかもしれません。ちょっと立ち止まって、そんな日々を振り返ってみるのはいかがでしょうか?今回Lideaでは、エッセイストのしまだあやさんに、大好きな「服」をテーマにした「2020年の自分史」を作ってもらいました。「物干し竿」に干された服を通して1年を振り返ってみると、そこにあったのはたくさんの「小さな幸せ」でした。
めまぐるしい日々を、今一度見つめ直したい
洗濯物を物干し竿に干す。
北風にゆれる服を眺める。
「もうお正月かあ」という気持ち。
ついこの間、お雑煮食べた気がするのに、今年もとても、早かった。
私は今年の初夏に、10年間つとめた会社を退職した。そして、その直後に書いた日記が、思いがけずネット上で拡がり、文章を書く仕事を新しくはじめた。特に今年は、世の中も自分も、めまぐるしく状況が変わる1年だった。
つい、自分のことや毎日の生活をおろそかにしてしまい、浮き沈みもあった。けれど、そんな気持ちをコントロールしてくれるのは、いつでも「服」だった。着るものによって歩き方や喋り方まで影響するくらい、私は服が大好きだった。
「今日はちょっと、強気のオンナ風でプレゼン頑張るぞ!」と思えば、タイトな黒のタートルネック。「今日はなるべく、穏やかでいたいな…」と思えば、風をまとう生成り色のワンピース。気分を変えるためのアイテムは、音楽だったりメイク道具だったり、人によっていろいろだと思う。私の場合は、「服」が、その日の「ありたい自分」に近づく装備のような存在だった。
物干し竿を見上げて、ふと、これを軸に1年をふり返ってみたいと思った。自分のことをそのままふり返るのは難しい。だけど、自分の気分をつくるアイテムが軸なら、うまく見渡せそうだし、面白そう。自分の2020年史を、物干し竿の服から、教えてもらおうと思った。
物干し竿でふり返る、しまだあやの2020年史
靴下洗って、待ってるよ
年の始まり。まずは服を整理した。
かさばるのに捨てられないシリーズ第3位、自分が小さい頃の子ども服。「生地がかわいいから」といくつか残している。第2位、とにかく機能重視、寝袋のようなベンチコート。そして堂々の第1位は、タイツと靴下。いろんなところから大量に出てくる。物干し竿が、昆布干し中の漁場みたいになる。
ちなみに、タイツや靴下には「一軍」とか「二軍」とかあって、ちゃんとした日は「一軍」を履く。「三軍」は毛玉気味だったり、かかとが薄くなってたり。特に三軍の起毛タイツは、捨てるのが惜しい。デニムの下で、結構活躍するんだよな…私がお嫁に行くまでは、体をあたためてもらおうと思う。
靴下といえば、私の家の壁には、真っ白な靴下が一足、かけてある。
この靴下は、家に遊びに来た17歳の「U君」が忘れていったもの。リビングの隅で、ぽつんと丸まっているのを見つけたので、洗っておいた。うちの弟も、学校から帰るやいなや、すぐに靴下脱いでたなあ。
実は、私の家は、地元の10〜20代に開放している。友達と喋りに来たり、一緒にごはんを作って食べたり、漫画を読みに来たり。靴下を忘れて帰ったU君も、漫画が好きだった。夢でよく会うという、おじいちゃんの話をするのも好きだった。
彼は日頃、家族の元を離れて施設で暮らしている。私の家に遊びに来れる回数は制限つきで、次に来れるのは3ヶ月後。近くだから持っていってもいいんだけど、U君がここへ取りに来るのを、楽しみにしたいと思った。かくいう私もかなり忘れっぽいので、こうして壁に飾って、姉ちゃんはきみを待っている。
まもなく、新型コロナウイルスがやってきた。開放している家をしばらくおやすみにした。U君が暮らす施設も、より一層外出が厳しく制限された。
物干し竿の色合いが変わった
こうして、世の中の状況は大きく変わっていった。私の状況も大きく変わった。新卒から10年間つとめた会社を退職し、独立をしたからだ。「こんな大変な時期に」と、親から長いメールが来た。あえて返事はしなかった。
最後の出勤日、私は「白い服」を着ると決めていた。真っ白な気持ちで、最後の1日を全力でつとめようと思った。辞める実感なく過ごしていたけど、前日、そのシャツにアイロンがけをしていると、急にさみしい気持ちになった。
当日。天気は初夏らしい快晴で、ほんとに雲ひとつなくて、びっくりするほど白いシャツが映えた。みんながくれた花束も、びっくりするくらい映えた。びっくりするくらいわんわん泣いた。いつもですます調で話してくる同僚も、「明日からはともだちね」と泣いていた。
出勤、というもの自体がなくなって、在宅時間がますます増えた。慣れるまでは、気持ちがこもる日もあった。
そんなある日、物干し場のにおいが変わったことに気づいた。一緒に住む仲間が、ちょっといい洗濯用洗剤に、変えてみてくれたのだった。
実は家事に疎い私、普段だったら「ふーん」くらいだったかもしれない。でも、家にぎゅっとしてたからか、風に乗って届くいいにおいに、こもった気持ちがちょっとあがった。こういう瞬間が、愛おしく感じた。
物干し竿を見て、もうひとつ気づいたことがあった。
なんだか自分の洗濯物の色が違う。
独立前は職業柄、落ち着いた色を着ることが多かった。黒や紺色も大好きだけど、鮮やかになった服たちを見てると、「もっと好きな色になっていいんだよ」と、背中を押される気分だった。
タイムマシンになった服
「年始に、子どもの頃の服をとっておいてよかった」
そう思う出来事があった。
秋のある日。
友人に「いい帽子屋さんがあるんだけど、行ってみない?」と誘われた。好きな服や布を持っていくと、その生地で帽子を作ってくれるらしい。素敵すぎる。「絶対に行く」と返事した。そして、年始にしか触らない開かずの箱から、子ども服をひっぱり出し、洗濯をした。
子どもサイズの服を洗っていると、「お母さん」になった気分。でも自分のものだから、ちょっとタイムスリップしてるみたいだった。いつもの服より、うんと軽くて、物干し竿ではしゃぐように揺れる。ほんとに「子ども」みたいだった。
数日後、約束した帽子屋さんへ。お店の人は、小さい頃の思い出話をいろいろと聞いてくれた。そして、今の私や、昔の思い出に似合うデザインを一緒に考えてくれた。
「襟元のタグは、裏側に縫って残しましょうか。服だったときのことも、忘れないように」
1ヶ月後。
私の子ども服が、生まれ変わって帰ってきた。かぶれば、いつでも子ども心に戻れそうな帽子になった。洗濯中も、すでにタイムスリップ気分だったし、これは服や帽子というより「タイムマシン」と呼ぼうと思った。新しいパワーアイテムを手に入れた。
いつか、家族の服でいっぱいにしてみたい
生まれ変わった帽子のように、着なくなった服を、過ぎた日の思い出ごと愛せるのは、とても楽しい。以前、うちの庭で、古い服をみんなで「たまねぎ染め」したことを思い出した。「年末までに、またやろうよ」という話が出て、今度は「びわ染め」もすることになった。
染め物が始まると、物干し竿が、やさしい色でいっぱいになった。面白いことに、たまねぎ染めは黄色、冬のびわの葉は淡いピンク色になる。春みたいだった。身体の大きな友達の服、その子どもたちの小さな服。「家族ができると、こんな感じなのかな」と思った。
自分がどんな結婚をしたいのか、はたまたしないのか、私は全然決めてない。どんな「家族」のかたちになるのかも、あんまりわからない。けれどいつか、私の家族の服でいっぱいになる物干し竿を、見てみたいなあと思った。
毎日のいいことに気づきながら暮らしたい
洗う服や着る服で、お姉さんの気持ちになったり、親目線になったり。たまには、子ども心に戻ったり。そして、いつかできるかもしれない、家族の姿を想像したり。「自分はこうありたい」で服を選ぶ毎日の中で、今年は服から「どうありたいか」を気付かされることも多かった。元気やアドバイスをたくさんもらった。
つい「今年も早かったな」「大変な1年だったな」とまとめてしまうけれど、ひとつずつふり返ると、ちゃんといいことも起きていた。
そういう、毎日のいいことに気づけるように、今日を大切にしたいと思った。そしたら、今日の自分が、ちょっと愛おしくなった。その延長に、自分らしい在り方が生まれるんだろうし、それで十分。そう思えた。
好きなものを軸にふり返る、2020年の自分史。私の場合は、物干し竿の服だったけど、音楽や食卓でも、きっと面白いだろうな。ぜひ、みなさんもやってみてください。
2020年を締めくくるエッセイを制作してくれたしまだあやさん。大好きな「服」をテーマに1年を振り返ることで、日々のささいな出来事の大切さに気づくことができました。
みなさんが過ごしてきた毎日にも、家族や友人と過ごした何気ない時間などを見つめ返せば「小さな幸せ」がたくさんあったはずです。
そんな1日1日を大切に、みなさんの生活に彩りを添えられるようなコンテンツを、来年もLideaはお届けしていきます。
イラスト:野瀬奈緒美
撮影:大越元
・当記事に掲載の情報は、執筆者の個人的見解で、ライオン株式会社の見解を示すものではありません。
この記事を書いた人
しまだあや
エッセイや脚本などを書く作家活動を中心に、企画やデザイン、司会業なども。2010年から「HELLOlife」で教育・就活分野のソーシャルデザインに取り組んだのち、2020年6月に独立。奈良在住、気まぐれで借りた家が広すぎて、寝室以外を開放中。得意技は愛すること。
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