「あとでやろう」は悪いこと?先延ばしとは、生物が生き抜くための知恵だった!
締め切りの迫っている仕事、部屋の掃除、読もうと思って買った本...。「やろう」と思いながらも、ついつい先延ばしにしてしまい、自己嫌悪に陥る人は多いはず。でも、そもそも先延ばし癖は「悪いこと」なのでしょうか?今回はイラストレーターのまずりんさんが、生物学者の宮竹先生を訪ね、先延ばし癖について生物学の視点でのお話を伺いました!
明日の自分に期待して、めんどくさいことも、やりたいことも、なぜか先延ばしにしがちな私…。
張り切っていた外出の予定も、なぜか気付けば遅刻ギリギリ…。その理由は、先延ばし癖。「どうにかなるだろう」といろいろことを先延ばしにした結果、いつも直前になってバタバタしてしまい、そんな自分がイヤになります…。
でも不思議と、漫画の原稿は、締め切り直前まで寝かせておいて、追い詰められたほうが、不思議といいものができるような気もする…。一般的に、先延ばし癖は良くないことだと思われがちですが、もしかするとプラスの影響をもたらすこともあるのかも?
そこで、先延ばしという行為について新たな視点から考えてみようと、「先延ばしは生物学的に正しい」と提唱する生物学者の宮竹貴久先生にお話を伺いました。実は、先延ばし癖は生物学の視点から考えると、良い面もたくさんあるのだとか…!先延ばし癖で自分を責めていた私に、希望の光が…!
宮竹 貴久(みやたけ たかひさ)
岡山大学学術研究院 環境生命科学学域 教授。理学博士(九州大学大学院理学研究院生物学科)。ロンドン大学(UCL)生物学部客員研究員を経て現職。Society for the Study of Evolution, Animal Behavior Society終身会員。受賞歴に日本生態学会宮地賞、日本応用動物昆虫学会賞、日本動物行動学会日高賞など。主な著書に『恋するオスが進化する』(メディアファクトリー新書)、『「先送り」は生物学的に正しい』(講談社+α新書)、『したがるオスと嫌がるメスの生物学』(集英社新書)『死んだふりで生きのびる』 (岩波書店)などがある。
テントウムシはあえて先延ばしをして、持続可能な幸せを手に入れている
今日はよろしくお願いします!さっそくなのですが、私はとにかく先延ばし癖がひどくて…。宮竹先生に、先延ばし癖について聞きたいことがたくさんあるんです!
こちらこそよろしくお願いします!まずりんさんは、普段どんなことを先延ばしにしがちなのですか?
イヤだな〜面倒だな〜と思うことはもちろんのこと、例えば作るのを楽しみに買ったはずの粘土細工キットも手をつけないまま放置してしまっていますし、読みたいと思っている本も、どんどん溜まって「積ん読」になっていく一方なんです…。
私たち人間は、気分に左右されやすい生き物ですから、明日にまわしても大丈夫なことは、先延ばしにしてしまう。これは誰にでも起こりうる仕方ないことだとも思います。
そうですよね…。でも、私の場合、先延ばし癖が本当にひどいので、そんな自分がイヤになってしまって、ついつい自分を責めてしまうんですよね…。
一般的に「先延ばし」は、だらしないとか、信用を落とす行為だとか、悪いことだと捉えられがちですよね。しかし、生物学の視点で見ると、先延ばしは一概に悪いこととはいえないんです。むしろ、生き抜くために必要な手段の1つであり、「持続可能な幸せを手に入れる」ために、重要な意味をはたしているという見方もできます。
持続可能な幸せ!?なんだか壮大なテーマとつながってきましたね…!
例えば、テントウムシ(ナミテントウ)は、エサであるアブラムシがその場にいても、すべて食べ尽くさずに次のエサ場へと移動し、そこでも全部は食い尽くさずにまた次へ…と移動を繰り返していきます。捕食されず残されたアブラムシはというと、自分の周囲に仲間が減っていることを察知すると、脳内神経から「たくさん子どもを産め」と指令を出し、次々に繁殖します。そうしてアブラムシが増えたところに、またテントウムシは戻ってくるんです。
テントウムシは、捕食をあえて先延ばしにすることで、エサを絶やさない仕組みを手に入れているんですね!
そのおかげで、テントウムシもアブラムシも、互いに滅びることなく幸せに生き続けることができるわけです。ひょっとすると、まずりんさんの「積ん読」も、今読み切らないことに価値があるのかもしれませんよ。買った本を積ん読にしておくことは、将来の楽しみを絶やさないための行動と捉えることもできると思います。
確かに!お楽しみをとっておいているような気持ちでもあるんですよね。そうすることで、私は幸せを維持しているのかも…。そう捉えれば、少し前向きになれそうです!
まずりんの学びポイント
テントウムシはエサを食べるのを先延ばしにして持続可能な幸せを手に入れている!?
先延ばし癖は「楽しみをとっておく」と捉えれば少し気持ちがラクになりそう。
最適な環境で、自分の力を発揮できる生き方を選択するため、あえて先延ばしにする
ちなみに、生物学的に先延ばしにはどのような意味や役割があるのか、ほかにも何かあればもっと詳しく聞きたいです!
生物は、自分の力を発揮できる生き方を選択するために、先延ばしをすることで、「機が熟すのを待つ」ことがあります。例えば、クワガタムシやカブトムシは環境が整わないと、成虫へと育たないということを知っていますか?
えっ!そうなんですか?
クワガタムシやカブトムシは、産まれた場所が栄養豊富で、温度や湿度なども整っていればすぐにサナギになり、大きい個体へと成長します。しかし、産まれた場所の条件が悪ければ、幼虫のまま過ごし、自分が育つのに適した環境になることを待つことがあるんです。大人になるのを先延ばしにしているようなものですね。
なるほど…!たまに小さいオスを見かけますが、あれって、大人になるのを先延ばしにしてゆっくり成長した成虫なんでしょうか?
1年待ってもなかなか生育環境が整わない場合、大きな個体にならずに生きていく道を選びます。大きなオスであれば、メスや縄張りをめぐって戦う「ファイター」になります。しかし小さな個体は勝ち目がありませんから、大きなオスが戦っている間にこっそりメスに近づいて交尾をしてしまうんです。こうした個体を「スニーカー」といいます。
すごい!戦わずに子孫を残す方法をちゃんと知っているんだ…。
産まれた環境も育つ環境も自分では選べません。でも彼らはそこで諦めずに、あえて先延ばしをすることで機が熟すのを待ったり、「戦わない」という別の生き方を選択したりするわけですよね。
グチったり、諦めたりしないで、自分らしく生きる道を見つけるなんて、エライ!
実はこうした「機が熟すまで待つ」行為は、植物にも見受けられます。多くの植物は、一斉に芽を出し開花するわけではなく、発育や受粉に不利な環境であれば、休眠することがあります。これも先延ばしといえますね。花だって、むやみにダラダラと咲いているわけではなくて、花によっては、受粉してくれる昆虫が活発に活動する季節や環境になるまでタイミングを見計らっているんですね。
なんだか花の気持ちがわかる気がします…!私も、漫画の原稿を先延ばしにしている時は、ダラダラ、ゴロゴロしているように見られるんですけど、実は、いいネタがないか、アイデアがないかと、めちゃくちゃ苦しみながら考えているんです…!
まずりんさんも、いいネタやアイデアが浮かぶまで、「機が熟すのを待っている」のかもしれませんね。それは最適な環境で、自分の力を発揮できる生き方を選択していると考えることもできるのではないでしょうか?
そういわれるとそんな気がします。実際、先延ばしに先延ばしを重ね、いざ締め切り間近になって書いたものは、けっこういい出来に感じられるんです…!
「火事場の馬鹿力」という言葉があるように、追い詰められた時に、隠れていた能力が出てくるということはあるかもしれません。生物界でも環境が変わったり、危機的な状況に陥った時に、これまで隠れていた潜在的な能力がパッと発現することがあります。だから、まずりんさんも、締め切りに追い詰められて、よりクリエイティブな能力が発揮できるのかもしれませんね。
「面白く描けたから、ちょっと締め切りを遅れても許してもらえるだろう」と、この成功体験が次なる「あとでやれば大丈夫」の原因になって、先延ばしスパイラルから抜け出せない理由でもあるのですが…(笑)。でも、もちろん、締め切りは守ったほうがいいですね。
まずりんの学びポイント
クワガタも、花も、そして漫画家も…!?
あえて先延ばしをすることで機が熟すのを待ったり、「戦わない」という別の生き方を選択することが上手に生きるヒントになるのかも!
生物界では、先延ばしは大切な生存戦略だった!
今まで先延ばしすることに罪悪感がありましたが、先生のお話を聞いて、これからはなんだかポジティブに考えられるようになりそうです!こうやって生物学の視点から考えると、私たち人間にとっても生きていく上でヒントになりそうなことがたくさんありますね。
そもそも先延ばしとは、生物が進化の過程で身に付けてきた「生き延びるための工夫」なんです。私は生物の「死んだふり」について研究しているのですが、これも一種の先延ばしといえると思います。
死んだふり?
例えば、コクヌスモドキという甲虫(※)は、捕食者に捕らえられるとピタリと動きを止めて、死んだふりをするんです。代表的な捕食者であるハエトリグモは、動くものに反応する性質があるため、襲ったコクヌスモドキが死んだふりをしていると、そのうち興味を失って、ほかの動く個体を狙います。一見、最優先である「逃げること」を先延ばしにすることで、結果的に生き延びる確率が上がるんですね。
※コウチュウ目に属する昆虫の総称。前翅(ぜんし)が厚く堅くなって体を覆っている。例、カブトムシ・コガネムシ・ホタル。
頭がいいですね〜!敵が行ってしまうのをじーっと待つことで、彼らは生き延びているんですね。
これは人間社会の中でもヒントになる場面があると思いませんか?例えば、会社の会議などで「何かアイデアのある者は?」と聞かれ、じーっと沈黙して死んだふりをする。そのうち誰かが手を挙げて発言してくれれば、自分は助かリます(笑)。
学校でも会社でも、そんな場面がありますね(笑)。私も沈黙して逃れるタイプです。
「どうしてもそれは自分がやりたい!」ということならば、手を挙げてやるべきだと思うのですが、自分の意に反して任されてしまうこともありますよね。そんな時、自分はそれがストレスになるけれど、そうでない人もいるかもしれません。自分より適任の人が現れたら、その人にかなうはずがありませんから、お任せするほうが良い結果が得られるはずです。
「自分ががんばらなきゃ!」と無理してしまうことも多いですが、そうするとやっぱり消耗して、疲れてしまうこともあります。
長く仕事を続けるためにも、先延ばしと上手に付き合うことで、自分が力を発揮できるところを見つけて、そこでがんばればいい。ポイントは「適材適所」です。それはつまり、「自分の生き方を大切にする」ということだといえるのではないでしょうか。
組織の中にいると、何かと変化を求められることも多くて、「今の自分ではダメだ」「もっと成長しなきゃ、変わらなきゃ」と焦ったり落ち込んだりすることも多いと思うのですが、自分の生き方を大切にすることで、あまり周りを気にせずに仕事をがんばることができそうですね。そう考えると、先延ばしって自分のペースを守ることにもつながりそう!
会社などの組織では、業績を示すために、どうしても変化や改革を求められます。中で働く人たちは、その度に振り回されることもあるでしょう。でも、生き物の世界を見ていると、自分たちから変わろうといって変わる生き物なんていないんですよ。彼らにとっては、今の環境のなかで、一日一日、命をつないでいくということが、もっとも重要なこと。それができれば勝者といえるわけです。日々無理をしながら働き、消耗している私たちは、そんな彼らの生き方に学ぶことがあるかもしれませんね。
まずりんの学びポイント
がんばることは素晴らしいことだけど、人には向き不向きがある。
先延ばしと上手に向き合えば、自分が力を発揮できるところを見つけられるかも。
無理して働き、消耗するのではなく、自分のペースで仕事をがんばればいいんだ!
とはいえ、先延ばしは人間社会で迷惑をかけがち! 「すぐやる」ためにできること
生物学的に考えると、先延ばしってそんなに悪いことじゃないんだと思えてきました。とはいえ、人様には迷惑をかけたくない…という想いもあるので、もし先延ばししてしまいそうになった時、それを防ぐことができたらと思うのですが…。
人間も生物も、脳内の神経伝達物質によって気分が左右されるのですが、やる気や幸福感、興奮をもたらす「ドーパミン」を出すことがポイントになるかもしれません。
なるほど!どんなことをすればいいのでしょうか?
コーヒーなどに含まれるカフェインは、ドーパミンの分泌を促す作用があります。仕事の前や合間に、コーヒーを飲む人は多いですが、それはやる気の面でも理にかなっているんですよ。ただし、中毒性もあるため飲み過ぎには要注意です。また、「すぐやる」というモチベーションを維持するためには、自分の脳に刺激を与えることも大切です。僕は、ついつい先延ばしにしてしまいそうになると、カフェに行って仕事をしてみたり、煮詰まってきたらまた場所を変えたりと、違うシチュエーションで仕事をするようにしています。要するに、シチュエーションを変えることが脳に刺激を与えるんです。
コーヒーを飲んだり、仕事場を変えてみたり、これなら簡単にできそう! 「あとでいいか…」と思いそうになった時には、試してみたいと思います。宮竹先生、今日は興味深いお話をありがとうございました!
まずりんの学びポイント
「すぐやる」ためには、自分の脳に刺激を与えるのがポイント!
例えば・・・
①コーヒーなどカフェインの入ったものを摂取する
②場所を変えること
など。
もう先延ばし癖に落ちこまない。生物をヒントに、わたしの得意なことを精一杯がんばろう!
生物学的な視点から先延ばしについて考えてみると、それが一概にも悪い面ばかりではないのだと、知ることができました。思えば、私たちの日常生活の中にも、先延ばしの良い面を感じられる場面はたくさんあります。例えば、今キッチンに放置している汚れたカレー鍋。すぐに洗うよりも、しばらく台所用洗剤(CHARMY Magica酵素+)で浸け置きしておくほうが、汚れがよく落ちるんだとか。
先延ばしだけでなく、日頃「悪」だと思い込んでいることが、実は生物学的にはそうでないこともあるようです。そう思うと、自分やまわりの見方が変わり、気がラクになることもあるかもしれませんね!
執筆&編集:秦レンナ
漫画・イラスト:まずりん
・当記事に掲載の情報は、執筆者の個人的見解で、全てがライオン株式会社の見解を示すものではありません。
この記事を書いた人
まずりん
デザイナー&マンガ家&イラスト描き。モーニング公式ウェブサイトで「独身OLのすべて」を連載し人気を博す。その他「マヌ~ルのゆうべ」「おふとりさま劇場」「イタジョ!」「そねみん」など作品多数。
X(旧Twitter):@muzzlin
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下記のコメントを削除します。
よろしいですか?
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