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vol.1つい誰かに話したくなる!歯の歴史が楽しく学べる「歯の博物館」に潜入

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LION オーラルケアマイスター

平野 正徳(ひらの まさのり)

つい誰かに話したくなる!歯の歴史が楽しく学べる「歯の博物館」に潜入

毎日の習慣「歯磨き」って、実はとっても奥が深い!

普段、歯磨きをしっかりしていますか? 食べた後やお出かけ前に習慣となっている歯磨きや、いつも使っている歯ブラシには、実はとても奥が深い歴史があるんです。そこで今回は、歯の博物館(神奈川県横浜市)を訪問し、歯科医師で館長の大野粛英(おおのとしひで)さんから歯磨きの歴史や歯にまつわるお話を伺いました。みなさんもこの夏休みに、むし歯にならないための方法について考えてみませんか?

日本人はいつから歯磨きを始めたの?

平野:私たちは食事のあとや寝る前に、当たり前のように歯磨きをしていますが、日本には、この歯磨きの習慣はいつからあるのでしょうか?

大野館長:実は、歯を磨くという習慣は、インドが始まりなんです。最初に“歯磨き”を提唱したのはお釈迦様。

修行の最中に、弟子の口がとても臭いことが気になったお釈迦様が、戒律のひとつとして、口の中をきれいにすることを弟子に指導したのです。

その後、歯磨きが日本に伝わったのは、仏教の伝来のとき。始めは僧侶の間で習慣となり、公家や庶民へと広がりを見せていきました。庶民が歯を磨くようになったのは、江戸時代のことです。日本に歯磨きが伝来する前も、実は縄文・弥生時代に、人々が歯を磨いた形跡が残っているという話もあります。

平野:歯磨きが日本に伝わった当時は、僧侶や公家など上流階級の人が身を清める仏教の儀式として歯を磨いていたのですね。でも、まだ歯磨きの道具もなかった時代。それに時代によって、食べ物も今とはずいぶん違っていたはずです。何を使って、どうやって磨いていたのかが気になります。

昔は、歯を何で磨いていたの?

大野館長:僧侶が磨いていた頃は、歯木(しぼく)といって、柳の小枝の一端を嚙んで房状にしたもので、歯を磨いていました。

ギニアやインド、南アフリカなどで現在も使われている歯木。裂いた部分で舌まで磨きます。

その後、江戸時代になると、木の文化の国といえる日本独自の発想で、猿屋(さるや)が房楊枝(ふさようじ)を考案しました。房楊枝とは柳や黒文字などの木の幹を割って小枝にし、その一端を煮て木槌でたたき房状に加工したもので、より口の中に合う形になりました。これに注目した街の商人が京都や大阪、江戸で売り始め、庶民にも馴染みのある口腔ケア用品になったのです。この房楊枝が、今の歯ブラシの元祖となります。

枝の先を裂いてブラシ状にした房楊枝。いろいろなサイズがありますね。枝の表面を削り、舌を磨く部分もあります。歯木から房楊枝になり、一本で、歯と舌のケアが可能になりました。
左・江戸時代の歯磨売り(百眼の米吉)/ 右・江戸時代には、美女が竹楊枝(たけようじ)で歯磨きをしている様子が浮世絵に多く描かれています。

平野:日本で始めての歯ブラシは、明治5年に発売された鯨楊枝です。明治時代、歯ブラシは歯楊枝(はようじ)と呼ばれていました。今のような歯ブラシという名がついた商品が登場したのは大正2年(1913年)。ライオンの「萬歳歯刷子(ばんざいはぶらし)」が最初です。その後、歯ブラシはヘッドの大きさや柄の形、毛の材質や毛先の形状など様々な進化をとげています。

“ハミガキ(歯磨き粉)”はいつから使っていたの?

大野館長:ハミガキ(歯磨き粉)がなかった頃は、塩を使い、指で歯を磨いていたようです。江戸時代になってからは、房州砂(ぼうしゅうずな:粘土の細かい粒)に香料を混ぜて作られていたんですよ。

丁子屋喜左衛門(ちょうじやきざえもん)の「大明香薬砂(だいみょうこうくすりずな)」が最初といわれています。江戸時代は、若い男性がモテるために歯を白くしていたそうです。江戸で売られているこの粉を、お土産として買って帰る侍もいたようです。

平野:明治になると、砂から無機粉体を原料とするハミガキへと進化します。ライオンの「獅子印ライオン歯磨(ししじるしらいおんはみがき:左下写真中央)」は1896年に発売されました。このハミガキは粉状で袋に入れて売られていました。今のような、ペースト状でチューブ入りのハミガキが登場したのは1911年。「ライオン固練りチューブ入り歯磨(らいおんかたねりちゅーぶいりはみがき:右下写真)」が最初です。

その後、ハミガキも、液体ハミガキやジェル状ハミガキが登場したり、様々な有効成分が配合されるなど多様に進化しています。ちなみに、今のペースト状のハミガキのことを、“歯磨き粉”と呼ぶ方がいるのは、昔、粉状のものを使っていた名残なのですね。こうして並べると、歴史を感じますね。

ライオンでは子どもから大人まで歯磨きの習慣が楽しく身につくよう、ポップでワクワクするようなデザインのパッケージや、遊び心のあるポスター、紙芝居などを作り、楽しく歯磨きができるように工夫してきました。

また、1922年から始まった、「全国小学生歯みがき大会」や、キッザニア東京で歯科体験をする催しなどの啓発活動も積極的に行っています。
さらに、ライオンの生活情報メディアのLidea(リディア)というホームページを活用してオーラルケアの大切さを多くの人に伝えています。

暮らしの中にでオーラルケアの啓蒙啓発を積極的に行ってきたライオン。昭和38年東京オリンピックの旗にも、シンボルマークとともに「ライオン歯磨」のマークが並んでいます。

気になる疑問!「むし歯」になったら、どうしていたの?

平野:ところで、細かいところまで磨けない昔の習慣では、むし歯にもなりやすいのではないでしょうか?歯医者さんがいなかった頃は、むし歯になってしまった場合、みなさんどうされていたのですか?

大野館長:江戸時代、治療を受けたり漢方などの薬が買えるのは、裕福な人だけでした。庶民は、歯が痛くなると“困ったときの神頼み”と神仏に祈る、おまじないをしていました。東京、大阪、京都など古い城下町には、歯の神様や歯痛地蔵が今でも残っています。また、当時は麻酔がなかったので、ひどいむし歯はそのまま抜いていたと言われています。考えるだけで痛いですよね。


平野:現在は、むし歯を防ぐために「食べたら磨く」という習慣がありますが、昔はいつ歯を磨いていたのですか?

大野館長: 江戸時代の人は朝起きたら朝食前に歯を磨いていました。公家や武将などの上流階級の人々は、砂糖などの高級品を食べることがあったので、むし歯になることも多かったようです。食後に磨くようになったのは、明治になってアメリカから口腔衛生の知識が入ってきてからでした。

現在は、むし歯を予防するアイテムがたくさんある!

ライオンFクリーム(1948年発売)

平野:今では、歯ブラシやハミガキはいろいろな種類のものがあり、その人にあった商品を選べるように進化しました。今は“フッ素”という薬用成分が入ったむし歯予防用のハミガキが一般的です。歯を強くする成分によって、ずいぶんむし歯が防げるようになりましたよね。

このおかげで、日本人のむし歯は0.9本(12歳児)と、1本未満に減っています。ちなみに、日本で最初のフッ素入りハミガキはライオンの「ライオンFクリーム(1948年発売)」なんですよ。

平野:現在は、治療法もたくさんできて、予防などの啓発に重きが置かれるようになってきました。特に、歯ブラシやハミガキだけでなく、「デンタルフロス」などの歯間清掃用具も使われています。これらのアイテムは、そもそも日本で開発されたものなのですか?

大野館長:デンタルフロスは1818年にパームリーが初めて使用しました。日本に伝わった頃は、アメリカ帰りの人や、上流階級の人が使うものでしたね。日本ではまだ習慣化されていませんが、アメリカでは、デンタルフロスを使う習慣が根付いています。

平野:歯の博物館を取材して、歯磨き習慣の広まりや歯磨き用品の変遷について知ることが出来ました。今は、自分に合った歯ブラシやハミガキなどの道具を選べる時代です。ライフスタイルに合わせて、いつまでも健康な歯でいるために、オーラルケアを考えてみるきっかけになったらいいなと思います。

大野館長、神奈川県歯科医師会の皆さま、どうもありがとうございました。

最後に

みなさんのお口に合わせた歯ブラシやハミガキが充実している今、しっかり正しい歯磨き習慣を身につけて、大人になっても大好きな食べ物をおいしく食べられるようにケアしましょうね。

【大野粛英さん】
歯学博士・矯正歯科医
歯の博物館館長
日本歯科大学生命歯学部客員教授
北京首都医科大学客員教授

取材協力:神奈川県歯科医師会 「歯の博物館」 

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