昔の家事は今の◯◯倍時間がかかっていた!幕末のくらしを巡る旅 in 山口県萩市

Vol.4 豊かな自然と歴史的文化遺産に彩られた町・萩市に学ぶ「歴史を今に受け継ぎ、未来につなげる」というくらし方

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Lidea編集長・「ライオン快適生活研究所」所長

伊野波 美恵子(いのは みえこ)

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豊かな自然と歴史的文化遺産に彩られた町・萩市に学ぶ「歴史を今に受け継ぎ、未来につなげる」というくらし方

暮らしのマイスターが研究所を飛び出し、さまざまなくらしのテーマを体験する特別企画「暮らしのマイスターが行く!」。初回シリーズ「幕末のくらしを巡る旅in 山口県萩市」の締めくくりとして、江戸時代の面影を現代に残す「水の都」萩市の取り組みについてご紹介します。大河ドラマの舞台となり、この7月には、5つの資産が「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産に登録された「話題の町」の歴史と魅力をLidea編集長・伊野波がレポートします。

萩市の「マイスター」に聞く歴史を今に受け継ぐくらし

「ライオン快適生活研究所」の研究テーマは、その名が示す通り「快適なくらし」。それを考える上で、常に意識しているのが「くらしの歴史」です。現代にいたるまでの過去から学び、未来へとつなげていく視点を大切にしたいと思っています。研究所を飛び出してくらしの現場に息づく知恵に触れる「暮らしのマイスターが行く!」という企画を立てた時、真っ先に思い浮かべたのが、歴史を今に受け継ぐ町・山口県萩市のレポートでした。 では、どうして萩市には江戸時代に形作られた町並みが残っているのでしょう?今と昔が融合するこの町の歴史、生活文化、魅力について探るべく、「萩博物館」の副館長・統括学芸員・清水さんにお話を伺いました。

萩博物館 副館長・統括学芸員(生活文化担当)
清水さんプロフィール
萩博物館 副館長・統括学芸員(生活文化担当)
http://www.city.hagi.lg.jp/hagihaku/gakugei/

幕末の面影を色濃く残し「古地図で歩ける町」

伊野波:大河ドラマ「花燃ゆ」の舞台として脚光を浴びて、幕末の日本を動かした偉人たちの足跡をたどりに、例年以上に多くの方が訪れているかと思いますが、萩市の町の魅力を教えてください。

清水さん:まさに「幕末の面影を残す町並み」こそ、大きな魅力ではないでしょうか。萩市は、江戸時代に作られた城下町絵図、現代で言うところの地図ですが、その城下町絵図を、今の町の区画にそのまま当てはめることができる、言わば「古地図で歩ける街」なんですよ。

伊野波:それは驚きです!幕末の動乱や明治維新以降の近代化を経ながらも、江戸時代の地図が、そのまま使えるなんて!

清水さん:萩の町は、日本海に注ぐように流れる松本川と橋本川、この2つの川が形成する三角州を中心に栄えてきました。今から約400年前、藩祖・毛利輝元によって萩城が築かれたのも、三角州の西端に位置する指月山(しづきやま)のふもとですし、城下町も三角州の上に造られました。川の恩恵を受ける一方で、水害にも悩まされましたが、明治以降、田んぼや蓮畑といった遊水池の役目を担っていた場所に、役所や学校などの近代化に必要な施設を建てることで、人々が生活を営んできた町並みを壊すことなく、逆に活かしながら、町づくりを進めてきたのです。

左上)萩市の地形 右上)萩城跡 中下)萩焼
左上)萩市の地形 右上)萩城跡 中下)萩焼

「萩焼」は、長州藩の藩主であった毛利氏への献上品として発展した。
素材である土の風合いを生かした素朴な作風が特徴で、使い込むほどに色合いが変化する様は「萩の七化け」と呼ばれ、その魅力として挙げられる。

ご当地ゆるキャラ・萩にゃん

町の分断を救ったのは、地域住民の声

伊野波:なるほど。だから今でも、城下町の町並みが残っているんですね。

写真:萩博物館清水さん

清水さん:明治維新によって禄を失った武士たちが、新たな営みとして屋敷地で始めた「夏みかんの栽培」も、城下町の町並みを守りました。夏に味わえる貴重な柑橘類として広まりだした頃は、夏みかん3~5個と米一升が同じ価値だったこともあったそうです。当時、夏みかんは「夏代々」と呼ばれていましたが、その名の通り、畑は代々守られ、武家屋敷地も土塀や長屋門とともに昔の姿のまま維持されたのです。しかし、近代化の波を受けて、昔ながらの景観が失われる危機もたびたびありました。例えば1925年に萩駅が建てられて、萩に鉄道が開通しますが、計画当初は「市街地のある三角州の内部に線路を敷く」という案が出されていたそうです。様々な検討が行われた結果、鉄道は三角州を迂回するように敷設されたので、幸いなことに古い町並みは残されました。

伊野波:もし、当初の計画通り、鉄道が三角州の内部に敷かれていたら、今とは全く違う景観になっていたでしょうね。

清水さん:明治維新から半世紀あまり経った1920年頃から、歴史上の人物やその旧跡、城下町起源の史跡などが注目され、文化財としての指定や保全活動が活発になりました。自らの誇りとすべき「まち」の魅力が意識され始めたのです。

伊野波:明治以降の日本の近代化に貢献した人々への敬意が、大正、昭和、そして平成と時代を越えて受け継がれていくうちに、昔ながらの景観を重んじる気風を生み出したというわけですね。

清水さん:町への誇りを「町並み」という形に残し、守り続けてくれた先人には頭が下がるばかりです。今日にいたるまで、かつての面影が残っているのは、住民の流動が少なく、昔からこの土地に住んでいる人が多いからだと思います。歴史や文化と共に、「古いものを大切に残す」「川や海とともに生きる」という精神が守り伝えられ、当たり前のように根付いているんです。

写真:夏みかん

「夏みかん」は、明治維新後、禄を失った士族の救済として栽培が始まり、萩の特産品に。さっぱりとした酸味がおいしく、果実1個の中身を抜き取り、羊羹を流し込んだ丸漬けも名物。樹木が花をつける5月上旬~中旬に城下町を包む甘い香りは、環境省「かおり風景100選」に選出。

写真:ご当地ゆるキャラ・萩にゃん

写真:城下町の一画である「菊屋横町」

城下町の一画である「菊屋横町」には、藩の豪商・菊屋家をはじめ、高杉晋作や第26代総理大臣となった田中義一の誕生地がある。碁盤の目のように区画された町筋が今もそのまま残り、太陽に照らされると眩しいほど白い、なまこ壁の美しさから、「日本の道100選」に選ばれている。

写真:ご当地ゆるキャラ・萩にゃん

今も野菜の洗い場として現役! 市民によって守られる藍場川

伊野波:住民の皆さんの「川や海とともに生きる」という思いは、今回、「暮らしのマイスター」がお邪魔した「旧湯川家屋敷」に残る「ハトバ」にも見られますね。

清水さん:萩では六代目藩主・毛利宗広が三角州内に作った人工の溝川・藍場川を農業用水や生活用水、生活に必要な炭や木材を運ぶための水路として活用してきました。

中でも流れる水を各家庭に引き入れて、炊事洗濯の場としたのが「ハトバ」です。藍場川は市街地を横断するように流れていて、野菜を洗う程度ではありますが、今でも生活用水として使われているんですよ。

 

写真:Lidea編集長

伊野波:「ハトバ」の風景は、大河ドラマ「花燃ゆ」にも登場しますね。主人公の文が、川の水で野菜を洗うというひとコマが、今も続いているなんて、本当に素敵です。でも、生活用水として利用できるほどの水質を保つのは、簡単なことではないですよね。町全体として、何か具体的な取り組みをされているのでしょうか?

清水さん:藍場川沿い一帯を歴史的景観保存地区に指定して、環境保全に努めています。しかし、行政主導の取り組みというより、まさに「町ぐるみ」といった活動です。有志の方による清掃や、ゴミの不法投棄防止のための巡視だけでなく、年に一度、全市民のボランティアで、川や海岸の一斉清掃を行っています。高度成長期には、川が汚れたこともありましたが、地道な活動のおかげで今では、放流したコイがいきいきと泳ぐほどです。

写真:左)旧湯川家屋敷 右)藍場川
左)旧湯川家屋敷 右)藍場川

郷土の偉人・吉田松陰は、昔も今も変わらず「先生」

写真:Lidea編集長と「萩博物館」副館長

伊野波:市民の皆さん全員の力によって、キレイな川が保たれているんですね。ところで萩市にお住まいのみなさんは、町の偉人である吉田松陰を「松陰先生」と呼ぶと聞きました。歴史上の人物であることは間違いありませんが、なぜ、そこまで?

清水さん:県外からいらした方は、やはり驚かれますよね(笑)。市民全員かはどうか分かりませんが、「松陰先生」と呼ぶ方が多いかも知れません。ご存知の通り、松陰先生は萩に生まれ、萩に松下村塾を開きました。塾には幕末の志士として活躍した高杉晋作や、後の初代内閣総理大臣となる伊藤博文はじめ、近代日本の礎を築いた偉人たちが多く通い、松陰先生を「先生!」と呼び、慕っていたことでしょう。その尊敬と親しみは今でも変わらず、萩にある明倫小学校では、松陰先生が残した言葉を読み上げる、朗唱が行われているんです。

伊野波:自分たちの町で生まれた偉人を歴史上の人物としてではなく、今も「先生」と呼び続ける…萩のみなさんの「古いものを大切に残す」という精神に通じますね。

清水さん:「古地図で歩ける街」と言われる町並みや、野菜の洗い場として現役の藍場川、そして、郷土の偉人、吉田松陰を今でも「先生」と呼ぶ習慣…それ以外にも、萩には昔を今に伝える風景や風習が、数多く残っています。はじめに萩の魅力を「幕末の面影を残す町並み」とお話ししましたが、江戸時代から続く風景が風習と共に受け継がれていて、現代でも身近に感じられるからこそ、これからの未来へつないでいこうと思えるのかもしれません。

写真:松下村塾

叔父の私塾を引き継ぐ形で吉田松陰が主宰し、多くの志士を輩出した「松下村塾」。松陰神社の一角に当時の建物があり、外観見学自由。工業教育の必要を説いたということで「明治日本の産業革命遺産」の一つとして、世界文化遺産に登録された。

写真:ご当地ゆるキャラ・萩にゃん

写真:マイスターとライオンちゃんと萩にゃん

写真:ご当地ゆるキャラ・萩にゃん

市内には「松下村塾」に通った幕末の風雲児・高杉晋作誕生の地が残されている。敷地には産湯に使われたと伝えられる井戸や自作の句碑なども。萩博物館の「高杉晋作資料室」と合わせて見学するのもおすすめ。

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